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    ジェイパックワールド

    本誌は、新しい時代ニーズに応えうる商品開発のイノベーションを志向し、新しいマーケットの創出に挑戦するビギナーからプロまでの包装と関連実務者(食品、医薬品、工業、流通など)のための包装総合情報誌です。数十年の包装実務経験を持つ包装のプロフェッショナルが多数編集に参加し、その豊富な経験と知恵、さらには多彩なネットワークを生かし、充実した内容を目指します。今までの包装関連情報誌にはない、将来を展望した課題の提案や問題提起などプロフェッショナルならではの視点から、包装の未来を志向します。

    〈発行日〉毎月15日
    〈主な読者〉食品・医薬品分野を中心とした包装ユーザー、包装資材・機械メーカー、商社
    〈形態〉本文(オールカラー)48ページ、A4変形判
    〈価格〉24,680円(本体・送料込:22,852円+8%税)※年間購読の価格です。

    2017年10月号

    【特集】

    ■価値をつつむ
     あるデザイナーが「付加価値ではなく、価値をつくる」という。それは言葉の綾というもののように思うが、確かに「価値とは何か?」を考えてみる必要がある。「絶対的な価値」なんてあるのだろうか。基本、価値とは(たとえば)関係性のなかで感じるもので、人によって固有のものであろう。  私にとって価値あるモノでも、他の人には価値のないモノもある。誰にも価値あるモノ、いや全ての生き物にとって価値あるものとは何か。そう考えてみて、思い当たったのは(命を継ぐ)食べものである。率直にいえば、それは命である。命は人がつくり出すことができないものである。  人は真に「価値」をつくり出すことなどできないと知り、その命の価値を誰もが分かるように伝える努力をすることである。「包装」はまさに命を大切につつみ(包)、その価値をありのままに伝える(装)ことに用がある。命に過不足なく、確かに包装で「付加」しようなどと考えてはならない。>>目次

    2017年9月号

    【特集】

    ■包装の周縁

     包装の周縁がおもしろいと思う。「周縁」というからには、「その辺」といったアバウトな話ではない。技術であり、製品であり、また具体的な動きである。人と人、モノとモノとの周りの縁であるから、少なくとも接している。「袖振り合うも多生の縁」で、想像以上に「少なくない」関係性なのだ。
     そう見るか、見ないかは人による。遠からず、それらは包装と結びつき、次の新しいステージへと導いてくれるものである。読者のみなさんが誰よりも分かっていることだと思うが、(乱暴にいえば)何でもかんでも包装に結びつけて考えるのが本誌である。
     それが2020年に吉と出るか、もしくは凶と出るかは分からないが、ただ「結果が出る」ことだけは間違いない。誰が言ったか、「出るものは必ずなかにある」から、結果はすでに包装の中に、本誌の中にあるはずである。「包装」そのものもまた周縁なのである。

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    2017年8月号

    【特集】

    ■ライフビーイング

     101回目の一歩は同じ一歩でも“古くて新しい”ものにしたい。2020年を1つの目標として「生活」とのキーワードはパッケージに欠かせないものと思っている。何度となく述べてきたことだが、「生活」に相当する英語はなく、「包装」との言葉と同じく、これには日本人の感性や文化が表われているように感じられる。あえて「見つけ出した」ともいえる英語が「Life being」である。こうした英単語はなく、これも造語といえるものかもしれない。何か“古くて新しい”響きをもつ言葉である。その「ライフビーイング」にフォーカスして、パッケージを(1)ライフライン、(2)コミュニケーション(機能的、情緒的)、(3)ゲートウェイ(知識、意識、社会、世界)として考えてみたい。

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    2017年7月号

    【特集】

    ■パッケージ・スモーラー

     「switch」の次は「small」か、などと思わないでほしい。またまたドイツのハノーバー視察で宿題をいただいた。「あんな小さなパッケージをつくるのに、包装機は大きすぎないか?」というものだ。もちろん機械メーカーは「随分とコンパクト化をしている」というだろう。
     大事なのは、こうしたある分野ではプロの眼をもつ素人目線である。もう故人となった包装のプロがしみじみと言っていたことが耳から離れない。「概していえばわれわれはできることをやってきただけで、包装の現場はまだまだ課題だらけである」と。
     目の前にあるパソコンとは比較できないが、ときとともに性能や機能は向上しながらも、より薄く小さく低価格となっている。様々な社会要因の変化から、日本だけでなく世界中のニーズはパッケージの個包装化に向かっている。いよいよ求められるサイズはスモールになる。
     それに合わせてマシンもサイズダウンしてゆくのは自然の流れかもしれない。パッケージは生活のなかで用いられるものであり、産業用だけでなくコーヒーマシンサイズのパーソナルユースがあってもおかしくはない。もちろんスモールが「善」というわけではなく、意味のあるサイズというものが求められよう。

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    2017年6月号

    【特集】

    ■パッケージ・スイッチ

     「switch」といえば、すぐに電源などのON/OFFを考えるが、「転換、変更、分岐器」の他にも「しなやかな小枝、ムチ」といった意味がある。野球好きならすぐに、左右両刀遣いの“スイッチ・バッター”や“スイッチ・ピッチャー”が浮かぶであろう。
     だが、ネットで引くともはや「Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)」が上からずらりと並ぶ。ゲーム機については、とんと分からなくなってしまったが、せめて「Switch」との名称の意味だけでも知りたいと思ったのだが、意外に単純であった。
     「持ち運びができる据え置きゲーム機」と、そこに矛盾する1つの言葉が並んでいる。「持ち運びができる」と「据え置き」である。その両方をスイッチできるということであろう。任天堂としては4年ぶりの新型ゲーム機で、発売からわずか3日で国内販売台数は33万637台(推定)だそうである。
     何が魅力なのかは分からないが、少なくとも選択ができ、選択は主体性によるところが魅力であろう。「自由市場」であるには選択の多様性が前提でなければならない。パッケージはその多様性を体現し、自由市場をリードしゆく存在でなければならない。

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    2017年5月号

    【特集】

    ■方円の器
     「水は方円の器に従う」とのことわざがある。様々な意に解することはできよう。文字通りなら「水」が主語で、「従う」との述語である。「従う」とは、いうまでもなく受け身である。だが、あえて「従う」ことを選んだ「水」は主体性を失っていないことになる。  「器」にしては洒落臭い話であろう。角か円かを決めるのは「器」で、「水」は選んだ形に合わせてくれればいいだけのことである。確か吉本新喜劇に、散々殴られ蹴られた方が「今日はこのくらいにしといてやらぁ~」と捨てセリフを吐くギャグがあった。  そうすると、真の主役は「方円の器」かとも思うが、「水」は唯一無二の人為でつくり出せないものだが、「器」は角から円へ様々な形をつくることが可能である。逆にいえば「器」の武器は、目的に応じて形を変える、その方円の多様性にあることを忘れてはならない。>>目次

    2017年4月号

    【特集】

    ■環境をつくる

     MA(Modified atmosphere)パッケージとはよくいったもので、パッケージ内のガス濃度などを調整し、なかの食品の鮮度を保持する技法で、主に生鮮品のパッケージに用いられる。ある知人が「欧米人は完成されているが、日本人は進化の途中だ」といった。
     何が基準かといえば、生物として水から上がってからである。欧米人は体内の水を外に逃さないためのシールドをもつが、日本人はまだ上がって間もないためにシールドはない。いわば内と外との風通しがよいわけである。出る水もあれば入る水もあり、環境とのコミュニケーションは良好である。
     つまり一概にMAといっても、日本人と欧米人では考え方がまるで違うから、技法も違ってくる。まさしくシールド内のMAと、シールドを超えたMAの違いといえまいか。

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    2017年3月号

    【特集】

    ■包むの波もん

     「好きなものを見ると、ついつい顔がほころんでしまう。いいものは何度見てもいい。同じものにくり返し新しい恋をする。そのたびに、私の身体の奥深くに裸の卵が生まれ、ひそやかに懐胎するようだ。体温であたため心ころころ年月をかけてころがしながら慈しむうちに、思いのたけが深まり育まれる。いいものは人にすすめたくなる」
     これに加える言葉はなかろう。ここに「包む」ことの本質が描かれているし、これほどに好かれ、感動してもらえるパッケージは幸せである。あるとき友人に、「包む」との寄稿がむかしの教科書に掲載されていることを聞いた。
     それを紹介したら、どこからか著者(やまだようこ氏)が聞きつけ、あいさつのメールと岡秀行氏の日本の伝統パッケージを海外へ紹介した「How to Wrap 5 more Eggs」について書いたものを送ってくださった。やまださんは心理学者である。一体何がどうなって、どうなるものか分からない。
     ただ心が心を呼ぶことだけは間違いない。これもパッケージのご縁である。そのやまださんは、「包む」との言葉が、「動詞形であったことも、私にはうれしかった。なぜならば、展示したり観賞できるのは『包み』になった物でしかないが、本当に大切なものは、できあがった物ではなく、現在形で日々いとなまれている『包む』という人間の行動だからである」という。

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    2017年2月号

    【特集】

    ■包装はだれのモノ?

     「依報(えほう)あるならば必ず正報(しょうほう)住すべし」との言葉が好きだ。あまのじゃくゆえか、それとも真理を愛するゆえか。認識の主体は人(正報)なのだが、環境(依報)があって人は生きられる。それは人に限らず、生物の誕生を紐解けば分ることだ。
     環境である「場」が(目的を持って)人を生み育て、人を呼び集める。では「場」は誰がつくったのかと考えるが、人ではないことは事実である。そこで「包装は?」と考えると「場」であり、人のつくった「場」ということになろう。大げさにいえば宇宙の「場」の1つ地球の模倣である。
     ならば人は、包装に目的を持たせなければならない。どんな目的を持たせるのか。形や機能だけでなく、それを宇宙から学ばなければならない。つまり「場」から何を学ぶかである。「『場』に生かされている」と感じられれば、そこに感謝の心が生まれよう。

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    2017年1月号

    【特集】

    ■包装の課題と展望―ビヨンド・パッケージ

    いよいよ新時代の人とモノとカネとが動き始める。価値観の転換は全てを刷新し2020年に向かう潮流として、モノとコトとを新たなカタチでつなぎ始める。2020年がゴールではなく、その先の新たなPACKWORLDを創造し築きゆく助走である。2017年のスタートに恒例の「包装の課題と展望」とともに、「ビヨンド・パッケージ(BEYOND PACKAGE)」と掲げた。2020年の向こう側のパッケージを超えた“パッケージのインパクト”を考えてみたい。「JAPANESE PACKAGES、世界を包む」である。パッケージにとって非常にワクワクとするすばらしい時代の到来、まさしく包装の時代(PACK AGE)を待望する。

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    2016年12月号

    【特集】

    ■ぶらり包装散歩

     秋は身体に溜まった熱を冷まし、興奮した神経を休めるために心静かに過ごすことが大事なようである。確かに自然はもう秋の装いである。あれほど青々と生い茂っていた木々の葉は黄褐色に色づき、落葉し始めている。生活も人生も、また包装も自然に学ぶことである。
     これまで国内外と小売流通店舗の現場に足を向けなかったことなどなく、むしろ「これ以上の楽しみはない」との思いを強めてきた。だが自然に習い、ここらでその興奮を冷まし、心静かにぶらりと散歩するような思いで、あらためて身近な店舗に鎮座したパッケージと向き合ってみたい。
     波立ちの治まった心の水面に一体、パッケージのどんな姿が映し出されるのか。自身も楽しみであり、また楽しみにしていただきたい。

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    2016年11月号

    【特集】

    ■包装への選択

     今から20年以上前だが、にわかに包装ごみが社会問題としてクローズアップされた。ただ白熱した議論もなぜか「包装不要」といった極論は避け、体のいい落としどころを探していた感であった。(どこからかクレームが来そうだが)現今の「容器包装リサイクル法」(1995年制定)などはその落し子のようなものである。
     「包装不要」といった極論までいけば、真に包装の価値が何なのかが広く認識されたに違いない。その意味で、「2020年」を目指してあらためて包装の価値を再認識するため「包装への選択」とのテーマを掲げてみたい。哲学的に「生への選択」としたかったが、「旧約聖書」の「CHOOSE LIFE」とかぶるようだ。
     正しい意は似ていなくもない。「清く正しく美しく」ではないが、「人として生き抜くことを選べ、生活することを選べ----そこに包装の価値が光る」との思いである。

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