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    ジェイパックワールド

    本誌は、新しい時代ニーズに応えうる商品開発のイノベーションを志向し、新しいマーケットの創出に挑戦するビギナーからプロまでの包装と関連実務者(食品、医薬品、工業、流通など)のための包装総合情報誌です。数十年の包装実務経験を持つ包装のプロフェッショナルが多数編集に参加し、その豊富な経験と知恵、さらには多彩なネットワークを生かし、充実した内容を目指します。今までの包装関連情報誌にはない、将来を展望した課題の提案や問題提起などプロフェッショナルならではの視点から、包装の未来を志向します。

    〈発行日〉毎月15日
    〈主な読者〉食品・医薬品分野を中心とした包装ユーザー、包装資材・機械メーカー、商社
    〈形態〉本文(オールカラー)48ページ、A4変形判
    〈価格〉24,680円(本体・送料込:22,852円+8%税)※年間購読の価格です。

    【特集】

    ■レトロモダン

     辞書を引けば「古風な懐かしさの中に近未来を思わせる洗練された意匠が感じられるさま」となる。「レトロ」はもちろんだが、「モダン」も古めかしい感じがあり、けして今風とはいいがたい。何でもそうだが、真新しいのもいいが、少し使い慣れて肌になじむ感じの方がいい。
     パッケージは元来道具であるから、そうした肌になじむ感覚が大切である。「レトロ」は「古風」ということだが、客観的な古さをいったものではなく、やはり肌になじんできたということである。言いかえれば、身体の一部にでもなった感覚であろう。
     また「モダン」の方も「近未来」「洗練」ということだが、むしろ伝統やなじみを残しながら、どこかに革新の光が感じられるような語感ではなかろうか。言葉も生まれ立てからはだいぶ感じも変わってくる。
     われわれの目は2つで多少奥ゆきを見て取ることはできるが、ゆっくりと長い時間をかけて変わってゆくさまを認識するにはむずかしい。それはアハ体験として写真などが徐々に変化していくカ所を当てる脳トレが示す通りである。ただ不思議なことに肌感覚はそうした微妙な変化も見逃さない。

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    2018年5月号

    【特集】

    ■包装ボッチ

     赤ん坊以上にコミュニケーションに長けた人はいまい。なにせ言葉もしゃべれないのに思いを伝えるだけではなく、自らは動かずに周りを動かす。泣けば心配され、笑えば周りはハッピーになる。世界的な言葉になりつつある「かわいい」はノンバーバルコミュニケーションである。
     逆に歳をとってくると、コミュニケーションを断ずるように「ぴんぴんコロリ」などという人が出てくる。言葉はかわいい響きだけに一層寂しい。「歳を重ねるほどに若うなり」というが、周りに「かわいい」とちやほやされるほどに、どんどん若くなってみてはどうだろうか。
     「交互」が子どもに言えなくて「ごっこ」となったらしいが、ならば「こっち」「あっち」も同じようなものだろう。なら「『ぼっち』もか?」と思われたが、「小さな点。点のようなツマミ」の意味らしい。小さな点は見えにくく、ツマミでは摘まみにくいのかもしれない。
     だからといって「一人ぼっち」では寂しいので、せめて「かわいい」音で人を寄せたいのであろう。すると「ダイダラボッチ」も巨人では人が依りにくいから、本名の「ダイダラ」に小さなかわいい「ボッチ」を付したのであろう。

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    2018年4月号

    【特集】

    ■パッケージング・ストーリー

     ある作家が余分なものをかけるようになったきっかけを聞かれて、「『生活』を始めてからですね」とおもしろいことをいっている。その「『生活』とは何か?」といえば、「お勤めしたり、結婚して専業主婦をしてみたり、スーパーに買い物にいってどちらが安いか悩んだり、洗濯してアイロンをかけたけど上手くいかなかった」と言う。
     瑣末なことをするようになって、瑣末なことが小説に書けるようになったのである。それはパッケージと何ら変わりなく、おもしろい。ナゾかけ風にいえば、「小説とかけましてパッケージと解く、その心はどちらもストーリーが肝心でしょう」となろうか。
     あらかじめ作家の頭にあるのではなく「些細なことから次につながる細い糸が伸びていて、それをたどっていくとまた新しい糸が伸びている」というネバーエンディングストーリーがおもしろい。

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    2018年3月号

    【特集】

    ■パッケージと感覚

     105歳の美術家は「絵画を鑑賞するときは、解説は忘れて絵画が発しているオーラそのものを、自分の感覚の一切で包み込み、受け止めるようにします」という。今、ふっと頭に浮かんだ「パッケージ」と「感覚」を並列させて鑑賞している。
     なぜ「パッケージと感覚」なのか。それは分からない。ただじっと鑑賞していると、何か並びのバランスがいい。そこに何かあるのかもしれないが、果たして次号までに、そこにたどり着くのか不安は残る。だが、鑑賞をつづけてみよう。それが感覚を磨くことだという。
     「感覚は磨けば、磨くほど、そのものの真価を深く理解できるようになります」との美術家の言葉を信じて、鑑賞をつづけてみよう。もう真価はそう遠いところにはなさそうだ。

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    2018年2月号

    【特集】

    ■シェア・パッケージング
     「シェア・パッケージング」といっても、けしてパッケージをシェアするということではない。ただ昨今の商品開発におけるコラボレーションでは、それぞれ強みの素材を1つのパッケージに同梱(もしくは添付)して、飲食のときに混ぜ合わせるといったスタイルもあるから、無くはないのかもしれない。  ここでは主に、パッケージング(包装・充填・梱包)の生産設備でのシェアを考えてみたい。もちろん企業の常識を逸するむずかしさはあろうが、いわば変化の過渡期における臨時対応策である。変化の先を見据えた現在の(インフラを含む)設備課題といったものを考えれば、リセットといったことが必要となろう。  だが、現実に設備やインフラをリセットするのは膨大な負荷がかかる。ゆえに(負荷を最小限に)自然な移行を進めるといったことでの、いわば設備シェアである。端的にいえば、それらを上手に組み合わせたシステムが「シェア・パッケージング」である。>>目次

    2018年1月号

    【特集】

    ■包装の課題と展望〜COMPASSION〜

     消費社会から生活価値の創造への確かな価値転換をしなければならない。人口減少を背景にリタイア、シニア、シングルスなどが増えるこれからは、生活ほど多様性と機知に富んだ現場はないといえる。ゆえに生活価値を軸にした新たな社会や産業および市場が形成されていくに違いない。
     2018年も「包装の課題と展望」からスタートし、年間テーマに「COMPASSION(コンパッション)」を掲げた。2020年を目前にして、もはや「多様化」ではなく「多様性の尊重」の時代に入ったといえる。言いかえれば「個の尊重」の時代であり、それは人間だけに止まらないという価値観である。
     社会や産業、市場などのすべてが、多様性を尊重する仕組みと構造に変わっていく必要がある。効率といえども例外ではない。キーワードは「シェア」である。そのために必要なイノベーションのツールや技術はすべて出そろっているとは、変わらぬ持論である。
     「COMPASSION」には、語源的には「痛みを共有する」との意味がある。他の人の痛みに寄り添うことがまさに「人づくり」であり、個としての主体性の発揮でもある。人に寄り添うことが時代に寄り添うことであり、そこからしか新たなパッケージが生まれないと確信する。

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    2017年12月号

    【特集】

    ■つれづれなる包装
     吉田兼好の随筆「徒然草」の冒頭を知っているだろうか。「つれづれなるままに、日暮らし硯に向いて、心に映りゆく由なしことを、そこはかとなく書きつくれば、怪しうこそもの苦ほしけれ」というものだ。  これに習って少し書き出してみると、「さすがに師走が近づくとおちおちしてはおれず、日暮らしあちこちと駆けずり回って、心に浮かんでは消えゆくものは、今年にやり残したことばかりで、それをせっせと書き付けてみると、焦りが出て狂おしい」となろうか。  現在の世のなかでは、なかなか“つれづれなるままに”とはむずかしいことが、あらためて分かった。ついては、テーマに反しおちおちしてはおられない包装の話について書こうと思っている。>>目次

    2017年11月

    【特集】

    ■つむぎ手

     群馬にある富岡製糸場が世界文化遺産となって、またにわかに脚光を浴びているが、ほとんどの人がもう製糸の現場を知らないであろう。蚕を知らない人もいるかもしれないが、この製糸は(ある面で)真珠の養殖とともに、生物(自然)と人とのコラボ事業のようで非常に興味を引かれる。「古くて新しい」といった感じで、これからの産業を考える上でヒントがありそうである。「つむぐ」だが、綿や蚕のまゆ(錘にかけ)から繊維を引き出し、よりをかけて糸にすることである。「言葉をつむぐ」ともいうことから、蚕の気持ちも分からないことはない。「身体の一部ともいえるまゆから紡いだ糸を、大切に扱って世の役に立ててほしい」と思っているはずだ。

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    2017年10月号

    【特集】

    ■価値をつつむ
     あるデザイナーが「付加価値ではなく、価値をつくる」という。それは言葉の綾というもののように思うが、確かに「価値とは何か?」を考えてみる必要がある。「絶対的な価値」なんてあるのだろうか。基本、価値とは(たとえば)関係性のなかで感じるもので、人によって固有のものであろう。  私にとって価値あるモノでも、他の人には価値のないモノもある。誰にも価値あるモノ、いや全ての生き物にとって価値あるものとは何か。そう考えてみて、思い当たったのは(命を継ぐ)食べものである。率直にいえば、それは命である。命は人がつくり出すことができないものである。  人は真に「価値」をつくり出すことなどできないと知り、その命の価値を誰もが分かるように伝える努力をすることである。「包装」はまさに命を大切につつみ(包)、その価値をありのままに伝える(装)ことに用がある。命に過不足なく、確かに包装で「付加」しようなどと考えてはならない。>>目次

    2017年9月号

    【特集】

    ■包装の周縁

     包装の周縁がおもしろいと思う。「周縁」というからには、「その辺」といったアバウトな話ではない。技術であり、製品であり、また具体的な動きである。人と人、モノとモノとの周りの縁であるから、少なくとも接している。「袖振り合うも多生の縁」で、想像以上に「少なくない」関係性なのだ。
     そう見るか、見ないかは人による。遠からず、それらは包装と結びつき、次の新しいステージへと導いてくれるものである。読者のみなさんが誰よりも分かっていることだと思うが、(乱暴にいえば)何でもかんでも包装に結びつけて考えるのが本誌である。
     それが2020年に吉と出るか、もしくは凶と出るかは分からないが、ただ「結果が出る」ことだけは間違いない。誰が言ったか、「出るものは必ずなかにある」から、結果はすでに包装の中に、本誌の中にあるはずである。「包装」そのものもまた周縁なのである。

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    2017年8月号

    【特集】

    ■ライフビーイング

     101回目の一歩は同じ一歩でも“古くて新しい”ものにしたい。2020年を1つの目標として「生活」とのキーワードはパッケージに欠かせないものと思っている。何度となく述べてきたことだが、「生活」に相当する英語はなく、「包装」との言葉と同じく、これには日本人の感性や文化が表われているように感じられる。あえて「見つけ出した」ともいえる英語が「Life being」である。こうした英単語はなく、これも造語といえるものかもしれない。何か“古くて新しい”響きをもつ言葉である。その「ライフビーイング」にフォーカスして、パッケージを(1)ライフライン、(2)コミュニケーション(機能的、情緒的)、(3)ゲートウェイ(知識、意識、社会、世界)として考えてみたい。

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    2017年7月号

    【特集】

    ■パッケージ・スモーラー

     「switch」の次は「small」か、などと思わないでほしい。またまたドイツのハノーバー視察で宿題をいただいた。「あんな小さなパッケージをつくるのに、包装機は大きすぎないか?」というものだ。もちろん機械メーカーは「随分とコンパクト化をしている」というだろう。
     大事なのは、こうしたある分野ではプロの眼をもつ素人目線である。もう故人となった包装のプロがしみじみと言っていたことが耳から離れない。「概していえばわれわれはできることをやってきただけで、包装の現場はまだまだ課題だらけである」と。
     目の前にあるパソコンとは比較できないが、ときとともに性能や機能は向上しながらも、より薄く小さく低価格となっている。様々な社会要因の変化から、日本だけでなく世界中のニーズはパッケージの個包装化に向かっている。いよいよ求められるサイズはスモールになる。
     それに合わせてマシンもサイズダウンしてゆくのは自然の流れかもしれない。パッケージは生活のなかで用いられるものであり、産業用だけでなくコーヒーマシンサイズのパーソナルユースがあってもおかしくはない。もちろんスモールが「善」というわけではなく、意味のあるサイズというものが求められよう。

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TOKYO PACK 2018