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インタビュー

成熟市場が創りだす適度な便利さと不便さのバランス

町田 忍氏


街頭浪漫研究家

 〈プロフィール〉1950年東京生まれ。在学中はヒッピーとしてヨーロッパを貧乏旅行。警察官を経て、少年時代より収集してきたパッケージ類を調達。現在、庶民文化研究所を設立。著書に「納豆大全」(小学館)、「蚊遣り豚の謎」(新潮社)、「暮らしのパッケージデザイン」(MDN)他多数。

---- 国内も、世界同時の金融危機の影響から景気後退が顕現化するなど、世情騒然としていますが、長年、庶民文化研究に徹してこられた町田さんの眼にはどのように映りますか。

町田)そうですね。世界中が騒然としていますね。国内でも消費の落ち込みが多少みられますが、この金融危機に庶民文化を変貌させるような影響力があるとは思いません。国内では、人口構成や世帯構成の変化の影響の方が大きいと思います。むしろ金融危機は、市場経済の水底で確実に進む構造変化の、大きく顕現化させる1つのきっかけとなるのではないでしょうか。「100年に1度」という呼称から、今時の変化を「明治維新」に比する人もいるようですが、それは今回の金融危機の大方の見方に等しく、表層のみで実体を見ていないものといえます。庶民文化というものを具体的な、それゆえに限定的な対象物を通じて見てきた1人として私は、市場経済をこれまで差配してきた「貨幣」のような抽象的な存在とは対極に立っていると思っています。
 抽象的な存在だけに欲望として際限がなく、金融危機はその当然の帰結ではないでしょうか。だからこそ、私はこうした事態を契機に具体性への精神的な回帰が進むことを期待します。ご承知のようにここ数年、なぜか昭和30年代が様々なかたちでクローズアップされてきました。こうしたレトロ志向には、「具体性への精神的な回帰」といったことが強く現れていると思います。

---- 町田さんが庶民文化の研究題材の1つとして、パッケージの収集を始めるきっかけも、昭和30年代にまでさかのぼりますね。確か、初めてコカ・コーラ缶を手にされた時の驚きが動機でしたか。

町田)その通りです。物が今ほど自由に手に入らない時代でしたから、あの薬のような味やシュワシュワとした食感、そして見たこともない鮮やかなパッケージデザインの印象は、今も鮮烈に脳裏に焼きついています。「散切り頭を叩いてみれば...」を歌われるように、文明開化といえが誰もが明治維新を挙げるでしょう、ですが、庶民文化といった視点から私は、日本史上最大の開花は昭和30年代であると考えています。
 まだ当時の実感を持つ人も多いと思いますが、30年代のわずか5〜10年で庶民生活はガラリと変わりました。それを象徴したのが、家電製品の「三種の神器」と言われた白黒テレビと洗濯機、冷蔵庫です。昭和28〜33年のわずか5年間で、価格が約10分の1までになり、家電製品が庶民の手の届くものとなった。私は30年代の魅力を端的にいえば、適度な便利さと不便さの絶妙なバランスにあったと思います。ただ、その絶妙さゆえに40年代後半から始まった高度経済成長によって、バランスは「便利さ」へと大きく傾いていきます。いうまでもなく、高度経済成長下では大量生産大量消費を支える効率主義や使い捨て文化といったことが、大きく肥大化していくことになります。
 この高度経済成長の負の遺産といえるものが、バブルの破綻後も燻り続けてきたと思っています。たとえば、いまだ自動車が内需を支える主要産業であることや、商品のライフサイクルがあまりに速くなっているということなどです。この金融危機は、まさに伸び切ったゴムのリバウンド現象に似ていると思います。

---- 確かに、POSデータ管理などにより商品のライフサイクルは明らかに短化しています。そのためか、近年はヒット商品と呼べるものがほとんど現れなくなっているのも事実です。ここに来て、景気後退の煽りから小売流通によるPB(プライベートブランド)商品の拡大しており、ますますブランド力の弱化などが懸念されます。

町田)私は、父が買ってきてくれた昭和30年のチョコレートのパッケージを今も大切に保存しています。それだけ当時、歓びが大きかったわけです。そのパッケージデザインは、時代の変遷に合わせて変わっていますが、商品ロゴは今もほとんど変わっていません。果たして今の子どもは、それほどの歓びを感じる商品があるでしょうか。たとえばチョコレートにしても、当時とは比較にならないほど沢山の種類の商品が、店頭には並んでいるにもかかわらずです。
 そのことが、先に触れました「適度な便利さと不便さのバランス」ということです。いうまでもなく、商品のライフサイクルはますます短化しつつあります。何事であれ、変化のスピードが速くなっていることや、ニーズが多様化していることは感じています。それでも新商品開発やリニューアルのスピードに、つくり手も買い手も心が追いて行けてないように思います。
 近年のパッケージデザインの変遷をみても、辛うじてロゴを残している程度で、ブランドとしての遺産が失われつつあるものも少なくありません。確かに景気後退を背景にPB商品に需要が流れていることは事実ですが、それによりブランド力が弱化するというのは疑問です。金融危機云々ではなく、ここが需要構造の大きな変化の節目であることを考えれば、昭和30年代がそうであったように、NB(ナショナルブランド)が変化の担い手となれていないことが大きな問題だと思います。
 景気後退の振幅の大きさはともかく、下れば上るのが道理ですから景気はいずれ好転を始めるでしょう。ですが、少子高齢化を背景とした需要構造の変化を目の当たりにして、かつてのような好景気が来るとは誰も思わないでしょう。必然的にペースダウンが余儀なくされるでしょうから、ようやく人間性をともなった身の丈のスピードを取り戻せるのではないかと思っています。ましてや、これから現出するのは高齢者社会ですから。

---- 飽和といった意味ではなく、高齢者社会に支えられた文字通り「成熟」したマーケットの創出が期待されるということですね。

町田)昭和30年代は市場経済の変化の過程に現れた、いわば与えられた「適度な便利さと不便さ」だったと思いますが、これから向かうのは自律の力で生み出す「適度な便利さと不便さ」といえるのではないでしょうか。

かつてアジアを旅行中、街で売られていたマッチ箱のデザインに日本文化と通底する何かを感じた。明治~大正期に、マッチ箱は日本の輸出産業の花形だった。小さな箱の表面に精緻に描かれたデザインには日本らしさが如実に現れている。これは、昭和40年代から現在も発売中の代表的なマッチ箱。頑固なまでの変わらないデザインポリシーが気に入っている。