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インタビュー

感性を高めるためのサイエンスイノベーション

黒田孝二氏

主観的確信と論理的裏付けがイノベーションを生み出す。

(くろだこうじ)
1970年東京大学工学部工業化学科分析専修コース卒、大日本印刷入社。中央研究所部長、1989年に分析センターを創設し、初代センター長に就任。物性分析研究所所長を経て現在に至る。民間20社の分析部門交流組織「ソリューションズサークル」代表。CREST領域アドバイザー、先端計測事業化評価委員、2009年戦略センターの独立行政法人 科学技術振興機構の特任フェロー。東大化学システム工学非常勤講師などを務める。大日本印刷「創発フォーラム」や京都市の経営人材育成講師とシーズからの起業スキームの研究委員、京都工芸繊維大学の伝統みらい研究で、京弓の人の動きと弓の反応、京壁塗りの道具の鍛え方と仕上がりの解析など。

---- 黒田さんの講演を聞く機会があり、その中で「ミルククラウン現象」のお話が非常に印象的でした。「この現象から直感できることは、ナノ界面で起きる現象は短時間の些細なことに思えても、次に起きる大きな挙動を左右する引き金になるという事実である」というもので、そのすぐ後に「この動きは従来の20世紀型のサイエンスからは予測できない現象である」とも話されていました。
 もちろん専門的なことは分かりませんが、その時に「バタフライ効果」といったことを思い出しました。たとえナノレベルで分析・解析の技術が進んだとしても、これまでのサイエンスでは「バタフライ効果」のような複雑な現象を解明することはできないということでしょう。誤解を恐れずにいえば、現実に起っている些細にみえる現象であっても、実は複雑過ぎてサイエンスの及ぶ範囲を遥かに超える背景があるということですね。
 「雨の猛きを見て竜の大なるを知り、華の盛なるを見て池の深きを知る」とは中国・天台宗の智顗(ちぎ)の有名な言葉ですが、その一方で人の持つ感性は、身近で起こる些細な現象からも、そこの本質(原因と結果)や複雑に構成された全体像といったものを、瞬時に把握することができるということでしょう。ましてや"時代変化"といったことを捉え得るのはやはり感性であり、けっして経済指標などから読み取れるものではない。かつてない時代変化の渦中にあって、混沌から新しい秩序を生み出すにはどうしても人の感性によらなければなりません。

黒田) 全く同感です。人の感性や勘といわれる暗黙知の下地のないところには、サイエンスは生まれません。私は"感性とサイエンスのハーモニー"として、サイエンスと感性の相互補完による、新しいサイエンスのあり方を問い続けてきました。私がこれまでかかわってきた印刷現場で、細やかなドット状のインキが版から紙に移る速さは、わずか1000分の1秒以下と非常に速く、とても人の目で見えるものではありません。しかしながら熟練者たちは、これまでの経験と感性からこれらを上手に操っています。
 こうした印刷現場の課題解決を支える分析部門に16年間身を置いてきた経験から、モノづくり現場はまさにナノテクノロジーを駆使する人の業の集大成であるということを強く実感しています。もちろん、これは印刷現場だけに止まったことではなく、日本の産業現場はモノづくりの感性に支えられた技術が数多くあり、ナノテクノロジーの宝庫であるといっても過言ではありません。だからこそ、人のモノづくり感覚を解き明かして、勘所を捉える感性を高めるためのサイエンスイノベーションが望まれています。
 私は、感性による"主観的確信"とサイエンスによる"論理的な裏付け"の積み重ねによってイノベーションが起ると考えています。1998年頃から、弊社では分析部門の支援先の重点を研究開発から生産現場ソリューションに移しました。当時、3万件を超える分析事例があり、その経験則をもってすれば「現場ソリューションは容易」との考えがありましたが誤りでした。依頼分析では、生産過程の異常品という限られた病例を診断するに過ぎず、現場で求められていたのは日常の正常なモノづくりの生産活動の中に潜む変動要因を見つけ出し、プロセス中のバラツキをスマートにすることにあったからです。
 「移動分析車」を仕立てて現場に駆けつけ、現場の目線で課題を抽出し、協働して解決にあたる活動を開始しました。この活動を通して、人間には不十分なデータを経験則や洞察力で補完して、適切な回答を引き出す能力があるという確信と、現場感性とのスムーズなインターフェイスのとれるサイエンスへの転換が大事であることが分かりました。その"サイエンスの転換"の1つが、高速ビデオ映像などを使ったビジュアル化です。現場では何らかの手応え感をもとに、目に見えない仮説のイメージを静止画ではなく、動画感覚で持っているようです。ですから、ビデオ映像から自身が何気なく感じていた仮説に確信を持った瞬間に、仮説に対する迷いが解消し、現実への自信を持って改善活動にあたる動機づけが生まれるのです。

---- こうした現場の「何らかの手応え感」を誰とも共有でき、また次世代に継承できるようにすることが、"感性を高めるための"また"感性の論理的裏付け"となるサイエンスイノベーションということでしょうか。

黒田) モノの持つ固有のリズムを無視したタイミングでエネルギーを与えても、モノは制御できません。この固有のリズムを知って初めてモノづくりができるので、熟練者はモノの固有のリズムを全神経を集中して感じ取り、経験の中でその対応を手応えとして身に付けてきているのです。多様なモノづくりのそれぞれのプロセスごとに、表面や界面で機能発現に至る挙動を時間軸で把握できれば、経験則的に培われた現場のプロセス技術がサイエンスできると考えます。そうした動的計測技術の開発により、「手応え感」の共有化や次世代への継承は可能となると考えます。
 これをより広く活用するためには、現場の熟練者の目線に合わせて多くのプロセスからナノ現象の手応え感を産業横断的に集約し、新たな体系化を目指す必要があります。冒頭で「従来のサイエンスからは予測できない現象である」との私の言葉に触れていただきましたが、現在の原因と結果を静的(平衡論的)に"見る"サイエンスは限界にあると思います。変化してゆく過程を動的(速度論的)に"知る"サイエンスへの転換が必要だと思います。
 ナノからマクロ機能へ発展する動きを一目瞭然にでき、その間の迷路網が解き明かされて、複雑なナノ現象を"操る"体系化が望まれます。自然とともに生きてきた日本人は四季の変化に敏感で、人を知るようにモノを知る感性を持っています。21世紀のサイエンスはモノに対する人間の感性を高めて、人間の判断力と連動するものにしなくてはなりません。その意味でも、大きな転換期の今こそ日本の強みを生かせる好機であると思います。