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インタビュー

パッケージの「黄金の十年」を開け!

WORLD VIEW

※今月はトップインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 正確には思い出せない。かつて何か読んだ何気ない文章が、時を経るに従いなぜか胸に迫ってくる。それは「私は、新しい価値を創造したいというのではなく、すでに在る価値の被った埃を、払い落としながら生きたいと思うのである」という一文である。これまでも様々なカタチで表現してきたが、「必要なモノは、すでに出そろっている」という本誌の基本スタンスはここに由来している。
 「埃を払い落とす」ということは、"今"の時代やニーズに合わせた光を当てて、再び蘇らせるということであると思う。たとえば現今の国内プロダクトマーケットを見渡してみても、そのほとんどが「団塊の世代」の成長とともに生み出されてきたモノばかりである。ここがターニングポイントとなるキーワードは色々と挙げられるが、その彼らのリタイア後の第2の人生が始まるのである。
 「団塊の世代」の名付け親である小説家の堺屋太一氏は、それを「『黄金の十年』が始まる」と称する。ここが今後の最大のマーケットであることは論を待たない。その意味で、デフレ下で被ったプロダクトおよびパッケージの埃を払い落とすのも、彼らの大事な役割だと思っている。ただし「これまでとは違う」という認識に立たなければならない。
 その認識を持てるかどうかが、再び「失われた十年」とするのか、それとも「黄金の十年」とできるのかのターニングポイントである。本誌も、自らの生業を通じて"埃を払う"ことで、これからのプロダクトおよびパッケージを「黄金の十年」とするための"意識転換"のサポートをしていきたいと思っている。ここに1つのヒントがある。Facebookの友人に紹介された言葉だが、包装実務者に向けて抜粋、少々加筆させていただいた。
 
 「なぜうまくいかないんだ」と思ってしまうこともあるかもしれない。それもまた自分で選び、ある意味で「望みどおり」の結果になっている。では、人間はそれに従うしかないのだろうか。そんなことはない。過去の呪縛を解き放ち、自らの力で素晴らしい結果をつくることはいくらでも可能である。そこで重要な役割を果たすのが、言霊(ことだま)パワーなのである。
 遺伝子工学の村上和雄氏は「あらゆる人々に目標を叶えるための才能が与えられているが、多くの人は与えられた遺伝子のスイッチが、OFFになって、十分に才能を生かしきれていない」という。まだ目覚めていない遺伝子のスイッチをONにすることは実は、とっても簡単である。まずは「できると思う」ことであり、そして「できる」と言葉にすることだ。
 例えば、どうしても人前で自己主張ができない人に、「私はきちんと自己主張します」と宣言してもらう。不幸続きだという人には「私は幸せです」と。ここでポイントは、体も一緒に動かすことである。言葉と体の両方を同時に使うと大脳を刺激し、潜在意識への刷り込みがうまくいく。殊さらに大げさな動きをする必要はなく、ピョンと跳ぶくらいでもよい。
 また、潜在意識は夜に活動するので、寝る直前にやると効果的である。人生で感じる問題は人それぞれだから、もちろん宣言する言葉も異なるが、是非とも試してほしいワークがある。それは、最強の言霊である「すべてはうまくいっている」を言いながら「カニ踊り」をすることだ。
 両手でピースサインをつくって、「すべてはうまくいっている!」と言いながら、右に2回、左に2回と横歩きする。これは沖縄に移り住んだ時、カニが朝日を燦々と浴びながら歩いている姿を見て思いついたものだ。「うまくいっている」と言い続けると、潜在意識はすでにそういう状態にあると認識して、どんどん「うまくいっている」状況をつくり出していく。
 
「センス・オブ・ワンダー」
 
 誰しもが経験し、感じたことのあることだろう。ただ「カニ踊り」などと聞くと笑ってしまいそうだが、何事も素直に実践してみることが大切である。3年かかっても、たったの14文字を憶えられなかった須梨槃特(すりはんどく)が、兄弟子たちより早く成仏できたのは素直な実践(非常に単純な行為)にあったと仏説にもある通りである。
 最後に、心につもった埃を払うという意味で、「沈黙の春」で著名な生物学者であるレイチェル・カーソン氏が「センス・オブ・ワンダー」に書かれた言葉を紹介したい。ここに、「カニ踊り」を思いついた"驚嘆する感性"がある。
 
 人間を超えた存在を認識し、おそれ、驚嘆する感性をはぐくみ強めていくことには、どのような意義があるのでしょうか。自然界を探検することは、貴重な子ども時代をすごす愉快で楽しい方法のひとつにすぎないのでしょうか。それとも、もっと深いなにかがあるのでしょうか。
 わたしはそのなかに、永続的で意義深いなにかがあると信じています。地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしていないでしょう。たとえ生活のなかで苦しみや心配ごとにあったとしても、かならずや、内面的な満足感と、生きていることへの新たなよろこびへ通じる小道を見つけだすことができると信じます。地球の美しさについて深く思いめぐらせる人は、生命の終わりの瞬間まで、生き生きとした精神力をたもちつづけることができるでしょう。