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インタビュー

包装の百年の計を考えて、為すべきは何か?

※今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 例えば、明治に活躍した人物などを写真や映像で目にすると、「いい顔をしている」と言う人がいる。実は、本誌の近くにもいる。それは、今ふうに言う「イケメン」とは意味が違う。"顔立ち"のことを言っているのではなく、いわゆる"面魂"のことである。
 昔から、「人の身の五尺六尺の魂も一尺の面に表われ、一尺の顔の魂も一寸の眼の内に収まり」と言われるように、それは眼に表れるものである。少々、尊大に聞こえては恐縮だが、あの内村鑑三氏の若き日の写真を見て、やはり「いい顔をしている」とのたまった。正解である。
 札幌農学校でともに学んだ同期に新渡戸稲造氏がいるわけだが、2人とも日本の優れた精神性を海外に伝えるために、英文の著書(「代表的な日本人」内村、「武士道」新渡戸)を残している。当然、交通網や情報網など現代と比べて遥かに劣る時代である。それにもかかわらず、海外に対する意識の高さは私たちなど遠く及ばない。
 本誌が求める「World view」も、内村・新渡戸の両氏の一寸の眼の内にちゃんと収められていたということである。そこで今回は、内村氏が1911年秋に東京(柏木の今井館)で行った講演「デンマルク国の話」を、読者のみなさんとともに学びたいと思う。旧表現はできるだけ、本誌流に分りやすく表現させていただいた。
 
外に拡がらんとするよりは内を開発すべき
 ごく単純に言えば、小さな国であるデンマーク復興のために木を植えつづけた人の話である。本誌などはすぐにノーベル平和賞受賞者のワンガリ・マータイ女史を連想するのだが、内村氏は、講演の最後を「私が今日ここにお話し致しましたデンマークとダルガスとに関する事柄は大いに軽佻浮薄(けいちょうふはく)の経世家を警(いまし)むべきであります」と結んでいる。
 包装もまた経世の大切な一端を担うものであり、心して学ばなければならないと思う。
 
 デンマーク本国を、けして富饒の地と称すべきではない。国にいち鉱山があるでなく、大港湾を持ち万国の船舶を惹きつけるものがあるのでもない。デンマークの富は主としてその土地にある。その牧場とその家畜と、その樅(もみ)と白樺との森林と、その沿海の漁業とにおいてある。殊にその誇りとするところはその乳産であり、そのバターとチーズとである。
 デンマークは実に牛乳をもって立つ国であるということができる。トーヴァルセンを出して世界の彫刻術に一新紀元をかくし、アンデルセンを出して近世お伽話の元祖たらしめ、キェルケゴールを出して無教会主義のキリスト教を世界に唱え示したデンマークは、実に柔和なる牝牛の産をもって立つ、小にして静かなる国である※。
 戦勝国の戦後の経営はどんなつまらない政治家にもできる。国威宣揚にともなう事業の発展はどんなつまらない実業家にもできる。難しいのは戦敗国の戦後の経営であり、国運衰退の時における事業の発展である。戦いに敗れても精神に敗れない民が真に偉大なる民である。
 宗教といい信仰といい、国運隆盛の時にはなんの必要もないものである。しかしながら国が幽暗(くらき)に臨む時に、精神の光が必要になるのである。国の興ると亡ぶるとは、この時に定まるのである。どんな国にも時には暗黒に臨む、これに打ち勝つことのできる民が、永久に栄ゆくのである。あたかも疾病の襲うところとなって、人の健康が分るのと同じである。
 平常の時には弱い人も強い人と違わない。疾病にかかって弱い人はたおれて強い人は残るのである。そのごとく真に強い国は国難に遭遇しても亡びない。その兵は敗れ、その財は尽きても、その時なお起る精力を蓄うるものである。これは、誠に国民の試練の時である。この時に亡びなければ、彼らは運命のいかんにかかわらず、永久に亡びないのである。
 彼らの中に一人の工兵士官があった。彼の名をダルガスといい、フランス種のデンマーク人である。年齢は36歳で、工兵士官として戦争に臨み、橋を架し、道路を築き、溝を掘るの際には、彼は細かに故国の地質を研究した。しかして戦争いまだ終らざるに彼は、すでに胸中に故国の復興策を蓄えていた。すなわちデンマーク国の欧州大陸に連なる部分にして、その領土の大部分を占めるユトランドの荒漠を化して、これを沃饒の地となさんとの大計画である。
 ゆえに、彼はただ一人はその面に微笑を湛え、その首に希望の春をいただいていた。彼の同僚に「我等らは外に失いしところのものを内において取り返し得る。君らと私の生存中にユトランドの曠野を化して薔薇花咲くところとなす」と言った。彼は単なる夢想家ではなく工兵士官であり、土木学者であり、また同時に地質学者であり、植物学者であった。
 また詩人であると同時に実際家でもあった。彼は理想を実現する術を知っていた。そのための第1は水であり、第2は樹であった。
 荒地に水を注ぎ、これに樹を植えて植林の実を上げればことは成る。いたって簡単だが、容易ではなかった。世に御し難いものとして、人間のつくった沙漠のほどのものはない。人間の無謀と怠慢とによってできた沙漠は恢復するが最も難しい。
 神と天然とが示すある適当の方法をもってすれば、最悪の状態にある土地をも元始の沃饒に返すことができる。詩人シラーの言いしがごとく「天然には永久の希望あり、壊敗はこれをただ人の間においてのみ見る」のである。彼はさらに研究を続けた。そして、ついにユトランドの荒野に始めて緑の野を見ることができた。緑は希望の色であり、ダルガスの希望、デンマークの希望、その民250万人の希望は実際に現われた。
 その後を、彼の質を備えて善き植物学者となった長男のフレデリック・ダルガスが受け継いだ。これよって各地は鬱蒼とした樅の林に覆われていった。1860年にはユトランドの山林はわずかに15万7000エーカーに過ぎなかったが、47年後の1907年には47万6000エーカーに達した。この植林の効果は、単に木材の収穫に止まらない。
 第1にその善き感化を蒙ったものはユトランドの気候である。樹木のなき土地は熱しやすくして冷めやすくなる。植林成功後のかの地の農業も一変した。夏期の降霜は全く止み、小麦なり、砂糖大根なり、北欧産の穀類又は野菜にして、成熟しないものはないようになった。
 ユトランドは大樅の林の繁茂によって良き田園と化した。木材を与えられし上に善き気候が与えられた。植えるべきはまことに樹である。植林の善き感化はこれに止まらない。ユトランドの全州は一変した。
 しかし木材よりも、野菜よりも、穀類よりも、畜類よりも、さらに貴きものは国民の精神である。デンマーク人の精神はダルガス植林成功の結果としてここに一変した。彼らは国を削られて、さらに新たに良き国を得た。しかも他人の国を奪ったのではなく、己れの国を改造したのである。熱誠と忍耐と、これに加うるに大樅、小樅不思議なる能力とによって、彼らの荒れたる国を挽回したのだ(「後世への最大遺物 デンマルク国の話」岩波文庫より)。
 
 例えばリーマンショックやつい昨年の「3・11」と思い合わせてみれば、身に迫るものがある。本誌は、植えるべきはけして「樹」だけだとは思っていない。包装分野にあっては、たとえ小さな挑戦ではあっても無駄(リデュース、リユース)をなくし、少しずつでも再生資源(リサイクル)や自然循環を配慮(リプレイス)した材料を採り入れていくなど、いずれも"熱誠と忍耐"とが不可欠なものである。そして何より重要なのは、ダルガス父子が示した思想と行動の継承である。