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インタビュー

パッケージは間合いを摘むツール

※今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 術後療養中であった歌舞伎俳優の中村勘三郎氏の突然の死去が、 なぜか不思議なタイミングのように思われた。もちろん中村氏だけに止まることではないが、大きな生命循環の時に入ったように感じられた。ただ、それにしては57歳と、あまりに早い別れである。心よりご冥福を申し上げたい。
 そのTV特番で生前の勘三郎氏が語っていた、子ども相談室で聞いたという、お気に入りの言葉が非常に印象的だった。それは、「型があっての"型破り"で、なければ"形無し"」というものだった。歌舞伎界の型破りと目されていた勘三郎氏だけに、「型」に対する思い入れも強かったのであろう。まさに「わが意を得たり」と、その言葉を聞いたに違いない。
 「型」と言えば、武道家でもある内田樹氏がある対談(「日本の文脈」角川書店)で、「能楽とか禅とか茶道とかには、中世の身体技法が型としてそのまま残っている。それを学びたいと思ったんです」として、こんなことを言っている。
 それは「能の型というのは、手を上げたり下げたりしながら、ぐるぐるぐるぐる舞台を回るだけなんですよ。最初のうちは、なんでこんなことやるのか、わけがわからない。でも、実際に自分が能舞台に立って、地謡、囃子方がいて、舞っているときに『場の力を感じて、からだが自然に動くんだ』ということがだんだんわかってくる」というものである。
 内田氏は武道の話でも同じように、「場の空気の密度のようなものに反応して」と言っているが、本誌は1つの"間合い"の感覚のようなものではないかと思う。一時は「KY(空気が読めない)」が流行語にもなったが、まさに人との間合いを摘む感覚であろう。そこでも「型」が重要な役割を果たしている。
 本誌は、例えばパッケージもつくり手と使い手との間合いを掴むツールではないかと思っている。そうした観点から、免疫学者であった多田富雄氏が著した興味深い話(「生命の木の下で」新潮文庫)を今回は紹介したい。
 
   ◇   ◇ 
 
 「コイアイ」って、いったい何。そう思われるに違いない。日本人の「間」の感覚を理解するために、いささか専門的な「コイアイ」のことに、ちょっと触れておかなければならない。お能の音楽では非常にポピュラーな、「コイアイ」という「間」。その感覚は、日本人、そして日本文化に固有の「間」を理解する重要なヒントになるのだから。
 能楽堂に行って聞くともなしに能の囃子を聞いていると、段々眠くなってくる。それは心地よいノンレム睡眠である。脳にはゆったりとしたα波が生じている。時々薄目を開けて舞台を見ると、さっきと同じところにシテが座っている。また目を閉じてしばらくすれば能は終わっている。これがお能の鑑賞である。
 能にα波を励起し、心地よい眠りに誘うのは、能の音楽に含まれている「コイアイ」の間である。この魔法のような間について、まず眺めておこう。
 お能の音楽は基本的に八拍子である。お経のように聞こえても、一拍から八拍までが演者の心の中に刻まれている。拍と拍の間の伸縮はあるが、打楽器はこの八拍子をいつも刻んでいるのだ。それぞれの楽器がどの拍で何を打つかというその譜を、「手」とか「手組」とか呼んでいる。
 その最も単純な手が「コイアイ」である。大鼓が八拍目を小さく打って、それから長いヤアー、ハアという掛け声を掛け、三拍目をチョンと強く打つ。小鼓がそれを聞いてヤアの掛け声で五拍目をポンと打ち、ついで間をおいて七拍八拍を打つ。これだけのひどく単純な手組である。能の中では数限りなく出てくる。大鼓にも同じ名の手があるが、ここでは深入りしない。
 なぜ「コイアイ」が、そんなに重要な意味を持つのか。それは大鼓が打つ三拍が、音を消去した長い間をおいて打たれるため、打ち手によって少しずつ違うことから始まる。その音のない間を聞いて、小鼓が打つ三つの音の位置を、これも自らの体内の感覚で設定するのだ。だから二人の演者が「コイアイ」を打つ時は、二人の間に、「間」の強い緊張関係が生まれる。
 「コイアイ」という言葉の起源は定かではないが、「乞イ合イ」であろうと言われている。つまり複数の演者が、音を要請し合いながら作り出す間が、「コイアイ」の間なのである。
 同じ「コイアイ」の手を打つとしても、その間は曲によって異なる。神の現れる能の「コイアイ」は、荘厳に長い間を持って打たれるが、鬼の能では短く急調な間が作りだされる。美しい女の能では、「コイアイ」の間はゆったりと柔らかなものになる。一曲の中でも、場面や謡の内容によって、「コイアイ」の間は微妙に伸び縮する。それが私たちの脳にα波を作り出す「ゆらぎ」のもとなのである。
 「コイアイ」の間は、演者によって少しずつ違う。囃子方一人ひとりが、違う「コイアイ」の間を持っているのだ。するとこの間は、個人の所有物であると同時に、別の間を持つ他の演者との交流の手段となる。お互いに相手の間を計りあって、「乞イ合イ」ながら自分の間を打つのだ。その時、相手の間に合わせて打ったのでは駄目で、お互いに自分の間で打ち合うことによって、能の囃子は緊張感を持ち、刺激的、立体的なものになるのだ。
 これが「コイアイ」の間の、私なりの説明である。これを知った上で、日本人の「間」について少し考えてみよう。
 「コイアイ」の間は、きわめて相対的な、あいまいなもののようにみえるが、実際には百分の一秒たりとも動かせない絶対的なものとして教えこまれる。何しろ能の囃子方は、この間を絶対的なものにするために、幼少のころから徹底的に訓練されるのだから。それによって、「間」は演者の肉体的なものになり、きわめて個人的な所有物になるのだ。異なる間を持った楽師たちが、妥協せずぶつかり合うことによって、能は逆に独特の一体感を達成する。「コイアイ」の間の原理がそれを可能にしたのである。
 しかし、能が作り出したこの「間」の感覚は、能という音楽劇に止まらず、日本文化のさまざまな部分に浸透している。茶、庭、水墨画などの「間」は、「コイアイ」の間と同質のものだと私は思う。八拍から三拍まで、音を取り去って作り出した長い間、それを聞くことによって成立した小鼓の三つの音の配置、その緊張関係が、日本人独自の時空の発見につながったのではないだろうか。
 「コイアイ」の間は、やがて日本人の日常生活の中に侵入し、独自の生活規範になった。お互いの「間」を計りあって、それを微調整することによって孤立化を避け、上下左右の流動的関係を作り出す日本人の知恵は、「コイアイ」の間に同源を持つ。
 しかし、「世間」や「仲間」など、間を持つ集団に安住することで、孤立や断絶を避けてきた日本人は、ここでもう一度、「コイアイ」の間の原点に立ち返る必要があるのではないだろうか。「コイアイ」の間は、あいまいで相対的なものではなく、一人ひとりにとって動かすことのできない、個別的絶対的なものであった。日本人が個を確立してゆくためには、このギリギリの間の関係を取り戻す必要がある。個の持つ「間」のぶつかり合いを恐れて、自分の「間」をあいまいにしてしまうと、「乞イ合イ」の間でなく「慣れ合い」の間になってしまう。