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インタビュー

母の愛を体現する(日本の)パッケージ原形

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 「親をも愛せぬものが、どうして他人を愛せようか」といわれる。胸に刺さる鋭い言葉である。最近、炙り出されるように起きる事件や事故などには何か共通した大事なものが欠けているような気がしてならない。直観で恐縮だが、"愛"ではないかと思う。
 「なにを今さら!」と思われるかもしれないが、それは"母の愛"というものである。「無償の愛」と言い換えてしまうと何か物足りない。幸い本誌のまわりには、母への愛を姿で示してくれる先輩たちがいる。母親なくしてこの世に生まれてきた人はない。
 ゼンショーグループ(牛丼の「すき家」など)代表の小川賢太郎氏がある講演会で、創業以来の経験を踏まえ「安全・安心」について、こんなことを語っていた。
 「『安全・安心』を最優先に掲げている企業は多いが、それを習慣の中で実践するのは非常にむずかしい。どんな素晴らしい仕組みをつくっても、人材がいなければただの入れ物で、『仏つくって魂入れず』です。その人材をつくり、動かすのが"企業理念"です」という。
 同グループの理念は「『世界から飢餓と貧困を撲滅する』ために、日本からフード業世界一を目指す」であり、それを現場まで根づかせる努力をしているという。「理念」というと冷ややかな感じもするが、真に「安全・安心」が得られるのは、"母の愛"に包まれた実感ではかなろうか。
 「包む」が、子宮に胎児が包まれた姿に由来した言葉であることはよく知られる。それは胎児を守り、育む母の愛の姿であり、丸みを帯びたお腹はその愛を表わしたカタチである。これは、われわれの携わる「包装」の原形であるはずである。いや、有らねばならないはずだ。
 新たなステージに進む前に再度、立ち返って考えてみるべき「包装」の原点はなかろうか。その意味で、今回は少々趣向を変えて、オーストリアの小説家ベルタ・フォン・ズットナー女史の著書「武器を捨てよ!」(新日本出版社)の中の母への思いがつづられた手紙を紹介したい。
 
 *  *  *
 
敬愛する伯爵夫人
 私はこの苦しみを、誰かに伝えずにはいられません...でも、それがなぜあなたなのでしょう。そもそも私にそのような権利があるでしょうか。答えは、否です。しかし、どうにもこの気持ちは抑えられないのです。それに、あなたならきっと私の気持ちを理解して下さるでしょう。
 もしあなたが死に瀕している私の母をご存知でしたら、きっと母のことを愛して下さったはずです。私の優しい心、明晰な思考力、朗らかな気性、そして凛とした気品。その母はいま、臨終の床についています。もう望みはないのです。
 一日中、私は病床の母のもとにいました。そして今夜も一晩中付き添うつもりです、この、最期の夜に。かわいそうに、母はたいへん苦しみました。今では彼女は落ち着いています。力尽き、鼓動は今にも止まろうとしています...私のほかには、母の妹と医師が、病室で寝ずの看病をしています。
 ああ、愛する人と、このように引き裂かれねばならないとは。死とは恐ろしいものです。もちろん、誰にでも死が訪れることは分っています。しかし、自分の愛する人の命までも死が奪い去ってしまうとは、容易に受け容れがたいのです。
 そしていま、まさに死に奪い去られようとしている母が、私にとってはどれほどかけがえのない人であったか、とても言葉では言い尽くせません。母は自分の死期を悟っています。私が今朝こちらに着くと、母は喜びの声をあげて私を迎えました。
 「ああ、おまえともう一度会うことができたのね、いとしいフリッツ。おまえは間に合わないのではと、とても心配したのよ」
 「お母さまはもと通りよくなりますよ」私はそう励ましました。
 「いいえ、それはとても無理。大事な息子と一緒にいられるのもこれが最後なのだから、ありきたりのお見舞いの言葉なんかで、それを台なしにしないでおくれ。私たちは、さよならを言わなければいけないわ」
私はベッドの傍らにひざまずき、すすり泣きました。
 「おまえは泣いているのね、フリッツ。ほら、『泣かないで』なんてありきたりのこと、私も言わないわ。おまえのいちばん親しい年寄りの女友だちとのお別れに涙してくれて、私は嬉しいの。おまえは私をずっと忘れないと、信じることができるのですもの」
 「僕が生きている限り、けして、お母さま!」
 「それなら、おまえは私にたくさんの喜びを与えてくれたことも、忘れないでおくれ。子どものころ病気になった時には心配したし、戦争に行っている時には不安になったものよ。でも、それ以外では、おまえは私をいつも幸せな気持ちにしてくれたわ。そして私が運命によってどんな重荷を背負わされても、私に力を与えてくれたのよ。そのことは、神様にちゃんとお伝えしているわ」
 その時また、痛みの発作が母を襲いました。母はうめき声をあげ、顔をゆがめ...私の胸は引き裂かれんばかりでした。死とは、恐ろしくて意地の悪い敵です...母の様子を見て、私には戦場や野戦病院で目撃した臨終の有り様の記憶が、すべてよみがえりました...私たち人間は時として、自ら望んで、嬉々として殺し合います。
 命の力がみなぎった若者が死という敵に喜んで身をゆだねるのを、期待します...愚かしいことです...死に対しては、病み疲れて明日をも知れぬ老人でさえ、絶望しながらも抗うというのに。
 今夜はぞっとするほど長く感じられます...哀れな病人が眠りについてさえくれたなら、しかし母は目を開けたまま横になっています。私は彼女の傍らにいつも三十分ほど身じろぎもせずに寄り添うと、この便箋へと足音を忍ばせ、ふたことみこと書きつけます。
 そうしてまた母のもとへ戻るのです。このようにして、もう四時になりました。たったいま、家中の柱時計が鐘を四つ響かせました。時が踏みまどうこともなく着実に永遠を刻み続けているという事実は、あまりに冷酷で無慈悲に思われます―心から愛する人の命の時間が、これを最後に、いま、まさに止まろうとしているのに。
 しかし宇宙が私たちの苦痛に冷酷で無慈悲に振る舞うほど、よりいっそう切実に、私たちは、自分の気持ちを理解してくれると信じられる自分以外の人間、つまり、もうひとつの温かい心を求めます。そしてそれゆえに、私はこれをあなたに送るのです。
 七時です。すべては終わりました。さようなら、いとしい子。これが母の最後の言葉でした。そのあと彼女は目を閉じて眠りにつきました。安らかに眠ってください。いとしいお母さん。私は深く悲しんでいますが、謹んで、あなたの温かなお心にお礼を申し上げます。
 フリードリッヒ・ティリング

ベルタ・フォン・ズットナー:1843年6月生まれ、ノーベル平和賞受賞の最初の女性。1914年6月逝去。小説「武器を捨てよ!」は代表作。そのまえがきには「この作品を書いたズットナーに対する友情と深い尊敬の念ゆえに、不変の影響を与えることとなった一人の読者を選ぶとすれば、それはアルフレッド・ノーベルである」とある。