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インタビュー

孤独が生み出す森羅万象への愛

生きることは何かを愛し何かに感動すること

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 若き日より心に残る、戦前の歌人・若山牧水の有名な2つの歌がある。誰しも1度は聞いたことのある歌に違いない。いずれの歌も「寂しさの」や「哀しからずや」と哀音悲調である。ただそこには、何か哀音悲調だけでは終わらない意思といったものが感じられる。
 
幾山河/越えさり行かば/寂しさの/終てなむ国ぞ/今日も旅行く
白鳥は/哀しからずや/空の青/海のあをにも/染まずただよふ
 
 若さであろうか。歳とともに、必要なものは身近にある。染まらなければ得がたいものもある。そんな思いに至りつつある。だが、それでも旅ゆく、染まらぬ何かがあるのは確かである。今回は再び藤原正彦氏の著書を取り上げたいと思う。
 前号でも少し触れたが、父である新田次郎氏の未完小説「孤愁 ----サウダーデ」(文藝春秋)の完結に挑んだ、まさに結びに至る1シーンである。人生最後の終の棲家を徳島と定めて、かのラフカディオ・ハーンのように日本人として死んでゆくことを選んだラモエスに、かつての友人が訪ねてくるところである。
 
 * * *
 
 「生活は何もかも、一人でやっているんですか」
 「朝は火鉢やコンロの火を熾すことから始まる。炭は幹の形をしたまま家に運ばれてくるけど、一目で炭の良し悪しが分かるほどだ」
 「私にはどれもただの黒い塊ですが」コートが苦笑しながら言った。
 海軍中佐として腰に剣を帯び、肩に房飾りの肩章、胸にいくつもの勲章をつけた軍服に身を包んだラモエスも、神戸で領事中の筆頭領事として燕尾服を着て堂々たるフランス語で演説するモラエスも、コートはよく知っていた。晩年になってたった独りぼっちとなり、火鉢やコンロの火を熾すことに喜びを見い出しているモラエスを、気の毒と思う気持ちを抑えきれなかった。
 「手間のかかりそうな仕事を、女中も使わずよく自分で」
 「私の心の師である鴨長明がこう言ってるよ。『何かなすべきことがあれば自分の肉体を使う。これは時にくたびれるが、とにかく、他の人を従わせるより楽だ。出掛ける必要があれば自らの肉体を動かす。これは時に不便だが、馬や鞍や牛や車を持つ煩わしさに比べればましだ』」
 二人はおよねとコハルの墓参りをし、そこから数分の春日神社へ向かった。米善で焼餅を食べようとなったのである。のれんをくぐりながらコートが言った。
 「およねさんと再会した所ですね、ヴェンセスラオ」
 「そうだ。懐かしくて週に一度はここに来るよ」
 「菊の紋章のついた薄く平たい焼餅を髭の生い茂った口に入れるとモラエスは緑茶を飲みながら庭先の、錦竜水として珍重される水の出てくる滝の白糸を見上げていた。モラエスがそちらを指して言った。
 「ペドロ、ほら、滝の左右に黄色い花がみえないか」
 「あの目の覚めるような黄色の花ですか」
 「そうだ、あれは黄花亜麻という花でね、花弁が五つあるんだ。日本にはない花だ。桜が咲く頃まで咲いている。実は、神戸ポルトガル領事をやっているアルブケルケが三年前に私を訪ねて来た。君は徳島移住の直前に私がポルトガル大統領に領事と海軍士官の辞職願いを送ったのを覚えているだろう」
 「はい。もう六年前になります」
 「そんなになるか。ところが、私が年金をもらえないでいるのを心配した今のマシャド大統領から、辞職願いを取り下げる意志が私にないか再確認するようにとの依頼がアルブケルケに来たということだ。無論断ったけど、その時にアルブケルケが支那の西武で手に入れたという黄花亜麻の種を手土産に持って来たんだ。その花を知っていた私は、小さくて可憐なおよねさんのような花と思ったから、その種を家の裏庭に少し蒔き、残りをおよねさんのゆかりのここに蒔いてもらったんだ」
 「そうだったんですか。アルブケルケがヴェンセスラオの所を訪れる前に、私に土産になるものがないかと尋ねたので、花がとてもお好きですと言ってくれたね、ペドロ。神戸のカステラも好きだと言ってくれればなおよかったかな」
 二人は声を立てて笑ってから、店を出ると前の長い石段を三重塔へ登り始めた。二十年ほど前に、およねが途中で息切れしてしゃがみこんだ所だ。
 「ほら、モミジが赤く色づきかけている。緑と赤のバランスが絶妙だ。モミジは緑の時も、真赤になった時も、その途中でさえそれぞれに美しい。雨に打たれても風にしなってもよい。日本人はそう感ずる。桜だって二分咲き、五分咲き、八分咲き、満開、とどれも味わいがある。月の満ち欠けだって、西洋のように満月、新月、上弦、下弦だけではない。眉月、弓張月、十三夜、宵待月、十五夜、十六夜、立待月など日本ほど表現の豊かな国はない。日本人というのは自然のあらゆるものに美を見出す天才ともいえる」
 「私もそう感じています」
 コートが首を縦にふりながら言った。
 「それがだよ、ペドロ。私は孤独になってやっと、日本人のこういう感受性が少し分かるようになった気がしてきたんだ。独りぼっちだと、情緒の矛先が広がらないため研ぎ澄まされ、普通人の気づかない自然のほんのちょっとした変化、ほのかな香りの変化さえ見逃さなくなる。自然しか友がいないから、自然の移ろいにとっても敏感になるんだ。この間、近所のおばあさんが、『風のささやきに耳を傾け、花と会話して時を過ごしている』と言っていた。私もそういう風になってきたんだ」
 「なるほど。分るような気がします」
 二人は三重の塔を見学してから階段を下り、家へ向かった。新町小学校の裏から瑞厳寺境内へさしかかるあたりで、モラエスはいきなり道端にしゃがみこむと、踏まれて折れかかった野菊を「可哀そう」と言いながら懸命に直そうとした。コートは先ほどの話しが少し理解できたような気がした。立ち上がるのを待ってコートが言った。
 「さっき、孤独になると感受性が発散しない分だけ鋭くなるということでしたが、孤独そのものに対する感受性も鋭くなって淋しさに耐えかねるなんていうことはないんですか」
 「それは良い質問だ、ペドロ」
 「マカオの高校で先生をやっていただけあってほめ方がお上手です」
 「ハハハ。でも本当によい質問だよ。実はね、孤独だけどそれほど淋しくないんだ。家族をもたずに生きている孤独な人間にとっては、家族とは人類、いやもっと大きな、大自然における森羅万象だ。生きることは何かを愛し何かに感動すること、と私は考えている。孤独であるが故に森羅万象に愛が向かっている私は社会生活の中で、利害、競争、対立、欲望、野心の渦に翻弄されている人より、もっと強烈に生きているとさえ言えると思うんだ」
 「なるほど。ただ、愛が森羅万象へ向かうというのが分かりにくいんですが、具体的にはどういうことでしょうか」
 「またもや良い質問だ、ペドロ」
 「ありがとうございます、モラエス教授」
 冗談口を叩いているうちに家に着いた。二人は家に入らず裏庭に回った。
 「さっきの質問だけどね、ペドロ。ほら見てごらん、この山茶花の花を。今朝、ここに雀蜂がかわるがわる飛んで来て、露にぬれた真っ白な花びらに金色と黒に輝くほっそりとした身体を小刻みに震わせながら押しつけていた。この、幻のように魅惑的な光景、花の少ない季節だからなおのこと感動的だった。この世にくり広げらている闘争や悲惨や苦悩を忘れ、私は時折涙ぐんだりしながら一時間もうっとり眺めているんだ」
 「ヴェンセスラオはどんどん日本人になっていくようですね」
 「うん、心だけね。徳島の人はけして私を日本人と見なしてくれないから」
 「でも私は、日本人のごとき、自然を愛でる天才となることで淋しさを遠ざける、という哲学にホッとしました。それと同時に感銘を受けました」コートはそう言うと、自分の言葉をかみしめるように何度もうなずいた。