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インタビュー

人と人とがつなぐ“心(しん)を叩く”モノづくり

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 「極楽百年の修行は、穢土(えど)の一日の功徳に及ばず」とは好きな言葉である。「穢土」とは文字のごとく「汚れた土地」との意であり、われわれが生きるこの世界のことを指している。"仏"の目には、人の目には見えない、この世の汚れがよく見えているのであろう。
 ただし「見える」ということは、それに安住することを「善し!」としないということだ。心尽くし、身を尽くして現実の変革に努めることを厭わない。いわば極楽浄土を安に他に求めるのではなく、この世を変革しゆく労を惜しまないということだ。
 その労に汗を流すなかに、「極楽百年の修行」をはるかに凌ぐ「一日の功徳」があるのだと思う。ならば、「一日の功徳」とは何だろうか。たとえ穢土にあっても、心の奥底から滾々と湧き出て止まない「歓び」というものであろうか。そこに若き日から常に思いあたることがある。
 誰もが感じることかもしれないが、どこへ行く、何をしようとすれば(が大事なことであればあるほど)、それを押し止めようとする力が働くことである。その力を、幾たびとなく降り切って来たのは"人の引力"というものだ。言い方はむずかしいが、人と人との出会に優る"功徳"はないものと思う。
 今回は、作家の山本兼一氏の著書「刀匠・河内國平 鍛練の言葉----仕事は心(しん)を叩け。」(集英社)の一部を紹介したい。本書は、山本氏が河内氏の話を聞きとり書き留めたものである。そのほとんどが師匠・宮入昭平氏についてつづられている。
 弟子入りしたときも、また独立して鍛冶場を構えたあとも変わらずの親交で「おい、コウチ!」と呼び掛けられた師の声が耳朶から離れないようで、「親方は私のこと、『カワチ』といわずに、最後まで『コウチ』とおっしゃっていました」と語っている。そこに二人の関係の全てが凝縮されているようで羨ましい。
 
* * *
 
 私は、これだけの年月、刀をやっていても、いまだに失敗する。このあいだも、焼き入れに失敗した。何年やってもギリギリの仕事はむずかしい。私は、新しい仕事を恐れずにやって失敗するのがプロだと思っている。
 自分でものをつくる仕事は道具でも弟子でも女房でもなんでも、要は信頼できなければできません。この炭は大丈夫だと思うと、もう自分の頭のなかから炭のことは考えなくていい。この弟子だったらもう大丈夫だ、この水を使っている間は焼き入れは心配ない。
 この鞴だったら確実に力のある風が出てうまく鉄が沸く、家のことは女房にまかせると大丈夫だと。そういうものを極力増やしていくことです。あとは仕事に専念する。そして熟練と経験がものをいう。刀を打つには色々な過程があります。
 だから、一つずつ心配ごとを省けるよう、信頼できるものを多くつくっていかないといけない。逆に先手は頼りない、炭はよくない、鞴は使いづらいと全部に神経を使いながらではよいものなんかできない。だから自分の頭を使わなくてもいいように、徹底的に準備をしておく。
 これが大きな仕事です。実力の内です。どんなに準備をしても自然条件や自分の体調も日々異なる。道具ですからいつも同じ状態ではないのです。ちかごろは、失敗すると、「傷もの」としてぽんと放ってしまうことが多いのでしょうが、われわれはそれをしません。
 手仕事ですから失敗したとき、逆にそれを生かすこともあるのです。失敗がかえっておもしろいものになることもあります。それに、失敗は必ず自分で覚えているから、いい経験になります。機械を使うと上手につくれるけれど機械は汗を流さないし、失敗を肝に銘じない。
 経験も積み重ならない。人間は失敗を肝に銘じるし、経験も積み重なる。そうやって人間はここまできた。そして熟練してくると応用ができる。自分の道具や弟子を信頼できるようにもなる。私たちは炭を使って鉄を沸かして、くっつける。
 それを「鍛接」というのですが、この鍛接ということ自体、実はよく分かっていない。炉のなかでどんなガスが出てくっつくのか、化学的には分かりにくいらしい。しかしわれわれはできる。それを調べようと、かつて東京工業大学の永田和宏先生が私の家に3、4日ぐらい宿泊して探られたことがあった。
 溶接というのは、ちゃんと部分だけをつける。でも鍛接は面でしっかりくっつけてある。鍛冶屋はそれを炭の熱だけでやるけれど、科学的に同じことができたら溶接よりずっと丈夫なわけです。それで永田先生が仕事場で炉のなかにセンサーや温度計を入れて、実験された。
 そのときはどんなガスが出たのか、結局私は分からなかったけれど、今はもっと研究が進んで解決しているかもしれない。あのときの実験で分かったのは、炉のなかの温度が一定していたことで、「よくこれだけ同じ温度を鞴の手動で保てるものだ」と永田先生は感心されていた。
 われわれはただ勘だけでやっているけれど、火床の炉の形、羽口の角度、それから炭の大きさが左右している。炉の幅は七寸、鉄と沸かす炎の色、鉄から飛び出す火花の形と量で見極める。私らはそれを受け継いできた。しかし、これはなんといっても和鉄だからできることで、日本の鉄が優秀だからです。
 人生で仕事を探すことは大切だが、師と仰げる人を探すことはもっと大切です。私は親方・宮入昭平への思いが大きな生きがいになっています。親方がおっしゃていたことを少し述べてみます。「千日の勤行よりも一日の名匠」といわれた。
 一所懸命努力することも大切です。練習や訓練もしなければならないけれども、しかし他人に一度会っただけで影響されることがある。そのことは非常に大切だぞ、とおっしゃられましたけれど、私もまさにそうだと思います。だから職業を探すことも大切ですが、人を探すことも大切です。
 一生を師匠探しに費やしてもいいと思っているくらいです。今、この歳になってつくづく思いますが、親方のおっしゃった、「職人はね、三年褒めりゃ、ダメになるよ」という言葉、本当にそうだと思います。兄弟弟子のなかにも器用な人がいました。
 私の自分の弟子のなかにも器用な子が何人かいました。何をさせても失敗しない。それなりに仕事をこなせる。しかし、どの子も大成していない。これは本人だけのせいではないでしょう。このような子の教育はむずかしい。何でも無難にできてしまうから。
 数年経ってくると、私のように器用に仕事ができない人を軽く見るようになってくる。外を見て内を見なくなる。器用なことは大切ですが、自覚がないといけない。上には上があることを自覚できなければダメでしょう。かなり立派な強い師匠につかないとダメでしょう。
 どんな職業でも同じでしょうが。逆に不器用なことはけして不利ではない。努力する心があれば、その方がいい。確実に覚えながら前に進めば大成する。この歳になってつくづくと思うのは大成した人や人生を満足に送れた人は、やはりいくつかのよい条件を努力して、それを得ようとした人でしょう。
 高校時代担任の先生が一流大学のビリより二流大学のトップの方がよいといわれたことも思い出す。
 宮入親方は名前と多くの弟子は残したけれど、お金は残さなかったと思います。職人は家を建て替えたりするものではないと強くおっしゃっていました。私が在門のころ、親方は弟子も増えて色々なことが手狭になってきたとき、最初に仕事場と炭小屋、それから弟子部屋を立て直したけれど、自分の家はまったく建て替えもリフォームもされなかった。
 松代地震で家が傾いて壁と柱の間に隙間があいたときも、壁を塗り替えることもしないで、厚い透明のビニールを買って家を囲っていたりされていた。炭小屋がないときは、家の周りに炭俵を積んで、「これでええ、炭俵が風除けになるから暖かくなる」といって笑っておられた。

河内國平(かわち くにひら)
1941年、大阪府に生まれる。関西大学卒業後、24歳で人間国宝の刀匠・宮入昭平に弟子入り。その後、独立して奈良県東吉野に鍛冶場を設ける。刀匠、名工であり、奈良県無形文化財保持者。「國平」は号であり、本名は道雄。