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World View

暮らしのなかの宝石としてのパッケージ

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 2017年に上映された映画「人生フルーツ」を、ご覧になられたであろうか。なんと2019年に入ってからも、アンコール上映をする映画館があるほど「密かな」とはいえないかもしれない注目の作品である。東海テレビのドキュメンタリーを上映したのが始まりのようだ。
 またナレーションを務められていたのが、2018年9月に癌で亡くなられた樹木希林さんであることも縁し深いものがある。ドキュメンタリーでは、高蔵寺ニュータウンの一隅に、師事したチェコの建築家アントニン・レーモンド氏の設計思想に倣った自邸を自ら設計し暮らす、津端修一さんと妻の英子さんの等身大の生活といったものを映している。
 修一さんはすでに90歳を迎えて、建築家としてやり残した仕事ともいえる依頼が、ある日突然に舞い込んでくる。その依頼を無償で受け、無事に設計を終えて間もなく静かに息を引き取るまでの物語でもある。その依頼はレーモンド氏の設計思想を引き継ぎ、自らの暮らしで実践してきたことである。
 雑木林に囲まれた庭のキッチンガーデンには、四季折々を彩って70種の野菜と50種の果実が実る。「風が吹けば、枯葉が落ちる。枯葉が落ちれば、土が肥える。土が肥えれば、果実が実る」との夫婦の言葉は、ドキュメンタリーを貫くテーマともいえるものであろう。
 そこに、もう一つ英子さんの物語がある。「家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない」とは、フランスの建築家ル・コルビュジエ氏の言葉だ。自給自足を考えたわけではなく、「自分でやれることは自分でやる」ことを楽しみながら自然と生きる、等身大の人としての生き方が人の心を打つのであろう。
 今回は津端夫妻の聞き語り「ときをためる暮らし」(文春文庫)から、英子さんと修一さんの言葉を紹介したい。
 
* * *
 
英子 ここは、お義母さんからいただいた土地で、次の世代に渡さなければいけないから、主人も私も、自分たちのものとは思っていないの。もっと、もっと落ち葉を入れてフカフカにし、豊かな土にしていこうと...、土がよくなれば、どなたでもできますからね。
 何もできなかった私にだってできたんですもの。娘が「お母さん、いつ何の種を蒔くとか、そういうことをきちんと紙に書いておいて」といいますけど、「土がよくなれば、そんなのいつでもできるから、自分流にやっていきなさい」って。
 春と秋のお彼岸前後に種を蒔く、というのを頭に入れておけば、まず、間違いないですよ。あまり早いと霜でダメになることもあるから、それくらいのタイミングで種を蒔けばね。私も種を蒔いて芽が出てこないことがありましたよ。
 それも、また一つの経験になるの。何が悪かったか、原因を考えるでしょ。自然が相手ですから、仕方がない。お百姓さんがつくるような、りっぱな野菜をつくろうなんて考えないで、まずはやってみようという気楽な気持ちでね。それで芽が出てきたら、とにかく見てあげることね。
 子どもを育てるのと一緒ですよ。ほっておいても大丈夫ですから。・・・でもね、野菜を育てるつもりでも、案外、人間が育てられているんじゃないかしらと思いますよ。
 ときどき、子育ての相談で、アドバイスを求められることもありますけど、総じていえることは、もっと動物的な感覚を研ぎ澄ませた方がいいと思うんですよ。色々話し合うより、先に自分の頭で考えてみる。そういうことは人から話を受けてもダメなんです。
 よく見てあげて、気づいてあげるのね。みんな同じじゃないですもの。一人一人、みんな違う。マニュアルなんかないの。畑に育つ野菜も、同じようでも決して同じものはないのね。大きさも、形も。よく見ていると、それが分かるの。
 芽の出方がどうだとか、葉っぱに元気がないとか、そういうことはやっているうちに、段々と分かってくるんです。肥料がちょっと足りないかな・・・と思うなら足してあげて。私は自己流でここまできましたけど、それは、段々と見て感じられるようになったからです。
 まずは、自分で育ててみることが大事なことですよ。ベランダでも、野菜は育てられますからね。わざわざ、植木鉢を買ってこなくてもいいんですよ。スーパーから発泡スチロールのトロ箱をもらってきて、底に小さな穴を開けて、土を入れれば十分に用をはたしてくれる。
 で、初めての人には「お菜っ葉からやりなさい」と、勧めるのね。あまり失敗せず、育てやすいから。ねぎの根っこの方だけを植えて、上の方をチョンチョン摘まんで食べる人もいますよね。そんな小さなことからでも、やっていけばいいですよ。
 お味噌汁に入れるくらいの野菜をね。初めから立派な野菜をつくろうとか考えないで。自分で世話をして育てることで、何か見えてくるものがあるから、まずはやってみることだと思うの。
 
修一 僕たちはお茶の時間もしくは食後に、ハブ茶を飲んでいるんですよ。体の内部をきれいにするだけでなく、整腸作用もあってね。天気のよくない日がつづくと、畑での作業もできませんから運動不足になるでしょ、すると便秘がちにもなって。
 そういうトラブルも、このハブ茶が解消してくれる、まさにありがたい存在なんですよ。うちでは持ち手つきの紙袋を十二枚ほど用意し、その袋に、収穫したさやを均等に入れていきます。一袋一月分ハブ茶の目安として。これを風の通る納屋の天井につるし、自然乾燥をさせながら保存するんです。
 完全に乾燥すると、さやは黒くなります。お茶として飲むときは、この黒いさやから小さな実を取り出し、鉄鍋で煎ります。ゴマのようにパチパチと音がしたら、すぐに火を止めて。ティースプーン一杯で、ブランデーのような色が出て、湯飲み茶碗で十杯は飲めますよ。
 松山に住む友だちに差し上げたら、「子どものころ、ハブ茶を飲んでいました」とお礼状が来ましてね、「大人は緑茶で、子どもはハブ茶。夏になると麦茶で。どこの家も当り前に飲んでいたのに、いつ忘れちゃったんだろうと考えています」と。
 お金を出せば、手に入らないものはない豊かな時代ですが、ハブ茶は残念なことに、出回っていないんですよ。種苗会社でも、こういうものは扱っていないみたいだし。
 それでハブ茶の存在を、もっと世のなかに広めたくて数年前、「やさい畑」(家の光教会)という雑誌の連載中に、「ハブ茶の種をプレゼントします」と欄外に入れてもらいましたね。すると、日本のあちこちから葉書をいただいて、びっくりしました。
 予想以上の反響に、うちのストック分では足りそうにもなくて、でも、少しずつでもいいからと、できるだけ多くの方に送ったんですけど。後日、みなさんから百通以上のお礼状が届いて、この方たちがハブ茶を育て、収穫した種をさらに、別の友人に分けて広めてくださっているみたいですよ。
 世代を超えて、日本中でこういうものが見直されていくのは、嬉しいですねぇ。こんなささやかなことだけど、こういう形で世のなかと接していくと楽しくなりますよ。僕らが元気なうちは、地道ですけどつづけていこうと思っています。
 未来に向けての種蒔きをね。ハブ茶って僕らは呼んでますけど、正式な名称は「エビスグサ」といって、マメ科の一年草なんですよ。生命力が強い植物ですから、春に種を蒔いたら、あとは、ほおっておいても大丈夫です。虫もつきませんから手入れは不要だし、プランターでもすくすくと育つようですよ。

つばた英子(つばたひでこ)
1928年、愛知生まれ。半田の老舗造酒屋で育ち、1955年に津端修一氏と結婚。2017年、夫婦の暮らしを追ったドキュメンタリー映画「人生フルーツ」が評判となる。夫婦の共著に「なつかしい未来のライフスタイル」「キラリと、おしゃれ」「あしたも、こはるびより」などがある。
 
つばた修一(つばたしゅういち)
1925年、愛知生まれ。1945年に海軍技術士官として厚木飛行場に赴任。終戦を迎え、1947年に新制東京大学に再入学。東京大学卒業後、アントニン・レーモンド建築設計事務所を経て、日本住宅公団に入社。「高蔵寺ニュータウン計画」で日本都市計画学会の石川賞を受賞。広島大学教授などを務めた。2015年6月に逝去、享年90歳。