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インタビュー

「遊び」の豊かさや日本人らしい感性のふくよかさのパッケージ

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 われわれは一度、手遅れとならない前に紙とデジタルの情報の伝わり方について検証してみる必要があろう。知人の一人が「新聞紙なら広げざっと見出しを追って、興味を惹かれた記事に眼を通せるが、デジタルではそうはいかない」という。
 つまり(見える大きさだと)一つひとつ記事を捲って進むことで興味のある記事を見つけるということである。それならまだいい方で、各社のヘッドラインニュースがズラリと並ぶWEB画面をみると、一つひとつを開くまでもなく読んだ気になってしまう。
 しかも、どのヘッドラインもいかに眼を惹くかに注力する余り、記事内容には即さずに事実を歪めて伝えかねないものが多い。もちろん、それはWEBやデジタルだけに限ったタイトルの付け方とはいえないが、それでなお記事や本文を読まないとなればどうだろうか。
 ヘッドラインに踊らされて、事実と違った認識をもつことになれば末恐ろしい。少なくともメディアの役割や本分を考えれば、(たとえ書籍でも)「眼を引き、売るためには仕方ない」といえるだろうか。かつてはパッケージのそうした風潮の片棒を担いでいたことが恥ずかしい。
 「売れる」のは結果であって、パッケージの役割でも本分ではない。今回紹介する、脳科学者の中野信子氏の著書「努力不要論」(フォレスト出版)は、ある意味でセンセーショナルなタイトルである。ただ、そこには「『がんばっているのに報われない』と思ったら読む本」との副題が付されている。
 タイトルを中野氏が決めたかどうかは知らないが、そこに付した副題からは脳科学者としての思いと著者の人柄とが伝わってくる。
 
* * *
 
 明治政府をつくったのは江戸の武士ではありません。薩長出身の武士たちです。江戸っ子たち都会人にバカにされてはならない、欧米列強に追いつかなければならない、といった焦燥感、その圧力によって努力信仰が生じて来たのです。
 江戸時代は、努力信仰が尊ばれる雰囲気ではありませんでした。遊び慣れない、地方出の藩士たちが吉原に行くと「浅葱裏」(羽織の裏地が浅葱色の田舎武士)といってバカにされていたといいます。吉原の例は特殊なように思われるかも知れませんが、時代全体が、むしろ「遊ぶ」というこを尊びました。
 遊びというのはプラスの概念であって、教養のある人や余裕のある人にしかできない、高尚で粋なものだったわけです。庶民の識字率も高く、浮世絵を買ったり、お芝居に行ったり、文化的にも非常に豊かな時代でした。要するに、糊口を凌ぐ、という以外のことが尊ばれたのです。
 一般民衆が黄表紙などの書物を買って楽しむ、なんていうことができた国が、当時ほかにどれほどあったことでしょうか。「宵越しの銭はもたない」という気風の良さにも端的に表れていますが、江戸では滅私奉公してコツコツお金を貯めて何かするということが、なんだか真面目過ぎてちょっと格好悪いことだったのです。
 なんとなく気恥ずかしく、あまり粋なことではなかったのです。ではなぜ、遊びを高尚で粋なものと考えていた庶民たちの文化が、明治維新で変わってしまったのでしょう。
明治時代には、列強に比べて日本はまだまだ途上国という意識がありました、これが薩長の武士たちの「江戸っ子にバカにされてはならない」という焦燥感と結びつき、彼らに追いつけるようになんとかしなければならないと、元勲たちこそが焦ったのです。
 そして大衆もその流れに乗っていったのです。まずマイナスの自己評価からはじまって、そこを埋めるために、努力、努力で積み上げていこうとした。真面目にコツコツ努力していさえすれば実を結ぶという信念は、もともと江戸にあった気風ではなく、こうした変化は薩摩、長州出身のエスタブリッシュメントたちの考え方が支配的になったことで表れたものです。
 真面目にコツコツ努力することは、確かに効率的な方法ではありました。欧米に比肩するぐらいまでにテクノロジーも発達しました。また渋沢栄一らの功績によるところが大きいと思いますが、経済的にも欧米とそれなりに渡り合えるほどのところまでもっていくことに成功しています。
 しかして、努力は一定の成功を収めました。ただ、その過程で失われてしまった「遊び」の豊かさや、日本人らしい感性のふくよかさのような部分が、努力を重視しすぎたあまり貧困になってしまったことは否めません。江戸から明治にかけてが、一つの分水嶺でした。
 「悪い」ことに日清戦争や日露戦争という、自分たちの実力以上の勝利を収めてしまったという「不幸」な出来事によって、ぐっと時代の空気が変わってしまったのです。このとき、盲目的に努力するという行為が美化されてしまったと私は考えています。
 勝利が不幸な出来事というのは、ちょっと妙だと感じられると思いますが、二つの戦争の勝利こそがのちの敗戦の原因になったという意味では、非常に不幸な出来事だったといえるのです。
それ以前は、「アリとキリギリス」の童話でいえば、キリギリス的な生き方が粋じゃないか、とされるような考え方が江戸にはありました。本来「学ぶ」というのは、とても高尚なことです。人間にしかできません。
 働くことや単純作業は機械が代替することはできますが、遊ぶというのはとてもむずかしいことなのです。少なくとも、知性をもった存在でないとできません。そうした考え方からすると、「生きていくために必要なことしかしない」というのは、じつに貧困なことではないでしょうか。
 もちろん、努力というのは生きていくために必要なものですが、必要な部分以外にもリソースを割けるということが、豊かであり、洗練されている証拠です。文化、芸術、形而上のもの、人間らしい部分がリッチであるというのはそういうことです。
 しかし、明治初期というのはどうしても、欧米列強に追いつかなければという至上命題があり、文化・芸術という本来遊びの領域である事物ですら、国威発揚、つまり生きていくために必要なものとして利用されたのです。
 確かに、経済的には豊かになったでしょうし、国際社会にそれなりの存在感を示すこともできたでしょう。軍隊も強くなったでしょう。月・月・火・水・木・金・金、のようながんばり方を多くの人がしたわけですから。目的と戦略は合致していますから、結果が出ないわけがないのです。
 しかし、そうでない部分、遊びの部分をどこかに置き去りにしてしまった。突き詰めれば、今の日本にある下品さの源だと思います。カルト教団が跋扈したことや、やや病的と思えるまでに占いやスピリチュアルに凝る人が増えたのも、この反動が形成されたためでしょう。
 人間の脳は、機械のようにシンプルで合理的にはできてない。努力以外の遊びの部分というのは、脳にとってのエサともいえるものです。1998年に、大人の脳のなかでも新しく神経細胞が生まれることが分かったのですが、せっかく新生した神経細胞も、新しい刺激が入らないと死んでしまうのです。
 新しい刺激というのはヒトが楽しいと感じること、つまり遊びのことです。遊びは文字通り、脳の栄養源といってもいい、ヒトは、努力よりずっと、遊びが必要な生き物なのです。遊びではありませんが、「箸の持ち方」なんかも、置き去りにしてきた部分の一例といえるでしょう。
 箸がまともに持てなくても、生きていくことはできる。稼ぐこともできる。出世もできます。つまり、生き残るためにはまったく必要のない部分。しかし、だからこそ大事なのです。
 生きるために必要でないことをきちんとやれるかどうか、ということが、教養の深さや精神の豊かさを端的に示しているのです。
 箸の持ち方や食べ方が汚くても、国を代表する政治家として平然としていられるというのは、やっぱりかなり下品ではないかと思います。

中野信子(なかののぶこ)
1975年、東京生まれ。1998年に東京大学工学部応用化学科を卒業、東京大学大学院工学系研究科修士課程、大学院医学系研究科医科学専攻修士課程と医学系研究科脳神経医学専攻博士課程を修了。脳科学者。医学博士。東日本国際大学特任教授、横浜市立大学客員准教授。著書に「脳内麻薬 人間を支配する快楽物質ドーパミンの正体」「脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克」「サイコパス」などがある。