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インタビュー

パッケージは日常生活を豊かに楽しくする道具?

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 世界各国の15歳の学力を測る国際学力調査「PISA」の結果が公表され、日本は科学が5位、数学が6位と上位を維持したが、「読解力」は15位と前回よりダウンしたことが報じられた。15歳といわず、多様な国々の学力を一律に測った調査結果などに一喜一憂する必要はない。
 だが一方で、日常の様々な局面ですぐに尻馬に乗る人があまりに多いことに驚く。言いかえれば「読解力」どころか、「自らの頭で考えることを放棄したのであろうか?」と疑いたくなることもある。「人は考える葦」とは、哲学者のパスカルが著書「パンセ」に残した有名な言葉だ。
 哲学は「考えること」に尽きるが、「考えること」が人の最高の特長であり、また最大の武器でもある。「読解力」とは「文章を読んで内容を理解する能力」との意味であるが、その文章が人の考えや思いを文字に表したものであることを疑う人はいまい。
 いわば「読解力」とは、(たとえ言葉や文字を介さなくても)人の考えや思いを理解する力である。また理解とまではいかなくても、理解しようとする努力であり思いやりの心である。とくに水の豊かな国土で暮らす、われわれ日本人は「以心伝心」といった言葉にも表れるように、言葉を超えたコミュニケーションの感性に優れていよう。
 2020年の「東京オリンピック・パラリンピック」開催に向けて「おもてなし」との言葉を通じて、世界に様々な魅力や情報を発信しつづけてきており、2019年9月の訪日客数では前年同月比5.2%増の 227万3000人と年々に増えつづけている。
 そうした訪日外国人の心を掴んでいるのは「おもてなし」に象徴される、日本人および文化や風土に深く根差した"思いやりの心"ではなかろうか。日本人および文化や風土から、そうした大切な思いや心が失われつつあるのであれば、これほど悲しく寂しいものはない。
 そうした憂いを踏まえつつ、まさに「以心伝心」の夫婦の掛け合いがおもしろく展開する脚本家の木皿泉の夫婦対談「ぱくりぱくられし」(紀伊國屋書店)の一部を紹介したい。タイトルもユニークだが、劇作家の花登筺氏の著書「私の裏切り裏切られ史」(朝日新聞社)から発想したもののようだ。
 
* * *
 
弥生犬:われわれは、夫婦ふたりで、ドラマの脚本などを書いているわけですが。(弥生犬:和泉務、縄文猫:妻鹿年季子)
 
縄文猫:思えばこうやって仕事ができるのも先人たちのおかげです。
 
弥生犬:テレビドラマ「Q10」などは、SFですからね。アイデアを借りなければ、絶対に書けません。タイムマシンなんて、画期的な発明だと思いませんか?
 
縄文猫:時間SFは、胸がキュンとなりますね。
 
弥生犬:時間を越えることで、人の命のはかなさに気づかされるというか。
 
縄文猫:そう。時間をどうするというスケールの大きな話なのに、描くのはささやかな日常ですからね。
 
弥生犬:鳥の目と蟻の目が同時に書ける。便利です。
 
縄文猫:では私は、SFの教養が全くないのに「Q10」を書くことになってしまって、頭を抱えましたよ。そしたら弥生犬さんが、コレを読みなさいって。
 
弥生犬:「ドラえもん短歌」(小学館)ですか?
 
縄文猫:そう、それ。私はSFといったら、壮大なものしかイメージできなかったんですけど、そうじゃないよと。
 
弥生犬:歌人の枡野浩一さんが選者となって、「ドラえもん」の世界観を詠んだ短歌を集めた本です。
 
縄文猫:漫画がテーマなのに、なぜか、どれも身近というか、リアルな歌が多いですよね。
 
弥生犬:ボクは、この「ドラえもん短歌」に、SFの特徴が集約されていると思うんですよ。
 
縄文猫:ほう。SFの特徴といいますと?
 
弥生犬:「科学なんか、科学技術なんか持たなかったら、どんなによかったか」。このテーマのリフレインが、SFの本質じゃないでしょうか。
 
縄文猫:それって、なんか後ろ向きだなぁ。そんなネガティブなものなんですか?
 
弥生犬:ボクが知る限り、SFというのは暗いもんです。科学の発展が必ずしも人を幸せにしない、という話が実に多い。
 
縄文猫:たしかに。大阪万博のときのテーマは「人類の進歩と調和」だったけど、あの時点ですから、そんなのんきなこと、みんな信じてなかったような気がしますね。
 
縄文猫:急激な経済発展で、生活に歪が出始めていたころですからね。みんな、どこかでヤバイと思いつつ、でも進歩するのが悪いことだとは、正面切って大声でいえる雰囲気ではなかったんじゃないですか。
 
縄文猫:いっていたのは、岡本太郎。あと、三島由紀夫も、日本人が失うものを予言しています。
 
弥生犬:そう。失うものがあるんですよ。この歌集で拾ってみるとー。「自転車で/君を家まで送ってた/どこでもドアがなくてよかった」「奥さんが/どこでもドアをもってたら/あたしたちもう会えなくなるね」「君と僕/ため息だけで会話して/翻訳コンニャク出番はこない」。
 
縄文猫:みんな、「ドラえもん」の道具なんか、なくていいっていってますね。
 
弥生犬:不便をなくすことイコール幸せ、じゃないのかもしれません。
 
縄文猫:わかるなぁ。ほら、掃除機って便利だけど、ごみが見えないじゃないですか。でも、箒を使うと、すごいんですよ。一日でも、すごくたまっている。それを捨てて、あ~さっぱりしたって思うんですね。便利になる度に、私たちは、そういった実感を、一つ一つなくしていったのかもしれませんね。
 
弥生犬:人間は歴史を下るにしたがって、自然と一体化することを止め、対象化し、操作するようになってしまったということです。
 
縄文猫:でも、それってエスカレートしてゆく一方なんじゃないですか。ここまで、なんて線引きはできないでしょう?
 
弥生犬:江戸時代には「飛び道具とは卑怯なり」という日本人特有の見識があって、歯止めがかかっていたので、おおっぴらにハメを外せなかったけれど、近代化以降は、核の最終処分問題まで突っ走ってしまいました。
 
縄文猫:でも、今さら自然に戻れといわれても困りますよね。
 
弥生犬:縄文猫さんは、前に使っていたのに電子レンジも掃除機も炊飯器も使わなくなったじゃないですか。
 
縄文猫:それは、エコとかじゃなくて、単に面倒だからです。掃除機より箒の方が取り出しやすいし、電子レンジや炊飯器は、置いておくと台所が狭くなる。
 
弥生犬:便利グッズとか嫌いですよね。
 
縄文猫:何かのためだけに特化したものって、それ以外の場では全く意味をもたないことでしょ。生野菜を水切りする道具は便利だけど、サラダを食べない日は意味がなくそこにあるわけで、それがイヤなんです。道具はシンプルで多様な用途に使えるものであって欲しい。便利グッズが増えてゆくと、整理能力のない私の台所は、混沌としてくるんですね。
 
弥生犬:たしかに、地球は欲望のために混沌としてきたのかもしれません。
 
縄文猫:私の知っている人は、欲しい物を次々に買うんだけど、それを開ける暇がないから、ソファの上にそのまま積み上げていって、それでも気持ちの方は買わずにはいられないらしくて、部屋は手がつけられない状態になってゆく一方だそうです。

弥生犬:欲望のままに生きることを、われわれは本当に望んでいるんでしょうかね。
 
縄文猫:本当は、誰かに止めてって、心のなかでいっているのかもしれません。

木皿 泉(きざら いずみ)
日本の脚本家。和泉務と妻鹿年季子夫妻の共作ペンネームである。和泉務は1952年に兵庫神戸で生まれ、当初漫才・構成作家としてライターデビュー。妻鹿年季子は1957年に兵庫西宮市で生まれ、京都精華短期大学美術科染織コースを卒業後、商社勤務を経てシナリオライターとなる。
「やっぱり猫が好き」の脚本依頼を機に妻鹿とペアを組み、共同のペンネームとなる。ちなみにペンネームの由来は「キザな和泉」。和泉は「すいか」(向田邦子賞受賞)の脚本の執筆後の2004年に脳出血で倒れ、病院で生死の境をさまよい、退院後は重度の後遺症で妻鹿の介護と介護保険サービスを受け生活している。
ほかのテレビドラマ作品に「野ブタ。をプロデュース」「Q10」「富士ファミリー」などがあり、また著書「昨夜のカレー、明日のパン」は山本周五郎賞候補になり、2014年本屋大賞第2位となった。ほかにも「さざなみのよる」「カゲロボ」「二度寝で番茶」などの著書がある。