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インタビュー

「幸せのものさし」で測るパッケージとは!?

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 新型コロナウィルス感染症の拡大は、ついに現在放送中の大河ドラマ「麒麟がくる」の撮影を中断させた。いやはや現今では感染拡大のスピードを抑えるしかなく、そのカギを握るのはほかならぬ、われわれひとり一人の意識と行動変容であるから身につまされる。
感染症の手が大河ドラマにまで伸びたこともあり、思い出されるのは作家の司馬遼太郎氏の原作「坂の上の雲」に描かれた陸軍大将の秋山好古氏の言葉である。日露戦争へと向かいつつある時代背景もあるが、いわば非常時の心構えで生きている人の言葉というものだ。
 記憶されている人も多かろうが、兄のもとに下宿する弟の真之(のちの海軍中将)に教えた「身辺は単純明快でいい」との言葉である。さすがに茶碗一つで生活する「単純明快さ」をマネしようと思う人はいまいが、そこにはしっかりとした「幸せのものさし」がある。
 それが、非常時の心構えで生きることの強さといえよう。必要との判断は易しいが、不要との判断はむずかしい。身をつけることは易しいが、身を削ることむずかしい。「断捨離」などが注目される所以もここにあろう。「幸せのものさし」などは、留難や逆境のなかでしか身につかないものかもしれない。
 今回は、脳科学者の中野信子さんの著書「科学がつきとめた運のいい人」(サンマーク出版)の一部を紹介したい。そのなかで「運のいい人」として挙げているナディーヌ・ロスチャイルド氏の「幸せのものさし」はどこで身につけられたものか、それも興味深い。
 
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 自分を大切に扱う―。これも今の自分を生かすことの延長ですが、運のいい人はみな、きっと実践しているはずです。たとえば、朝はいた靴下に穴が開いていることに気づいたとします。こんなとき、運がいい人というのは「今日は外で靴を脱がないからこのまま履いていってしまおう」などとは考えません。
 ちゃんと靴下を履き替えるのです。あるいは一人で食事をするとき。運がいい人は、安易にCVSのお弁当で済ませようとはしません。心のこもった料理を出してくれるレストランに足を運ぶ、または簡単なものでも自分でつくるのです。
 つまり自分を粗末にせず、自分を大切に扱う。他人を敬うのと同じように、自分自身を敬うのです。以前、ナディーヌ・ロスチャイルドの著書「ロスチャイルド家の上流マナーブック」という本を読んだとき、「ああ、やっぱり!」と感じたことがありました。
 ご存知の方も多いかもしれませんが、ナディーヌ・ロスチャイルドは、もともとは仏・パリの小劇場の女優でした。彼女は貧しい家庭に生まれ育ち、中学卒業と同時に家を飛び出し、印刷所や町工場などで必死に働きます。
 やがて小劇場の女優となるのですが、大人気スターというわけでもなく、誰もが一目置く美人というわけでもありませんでした。そんな彼女が、あるときロスチャイルド家の中心人物の一人であり、世界の大富豪の一人であるエドモン・ロスチャイルド男爵と出会い、結婚、美と贅沢の世界を手に入れるのです。
 その世界は、彼女が幼いころから夢みていた以上のものでした。彼女は運を味方にした女性、といえるでしょう。その彼女が著書で述べていたのが、「あなたがまず心を配るべきなのは、自分自身です」という言葉でした。
 彼女は「もしあなたが一人暮らしなら、部屋は常にきれいに片付けるべきです。一人でお茶を飲むとしても、ふちの欠けたカップなどではなく、一番上等なカップを使ってください。家で一人で夕食をとるなら、帰りにお花とおいしいデザートを自分に買って上げましょう」とも言います。
 つまり自分で自分を好きになれるよう、自分自身に心を配る。自分で自分を構うべきだ、というのです。このくだりを読んだとき、「ああ、やっぱり運のいい人は、自分を大切に扱っているのだ!」と感じたものでした。ではなぜ、自分を大切に扱うことが運のよさにつながるのでしょうか。
 その人の運の良し悪しは、周囲の人といかに良好な人間関係を築けるかということに大きく左右されますが、自分を大切にしている人はほかの人からも大切にされるのです。逆に、自分を粗末に扱っている人は、他人からも粗末に扱われるようになってしまうのです。
 たとえば、あなたの目の前に2台の車があるとしましょう。1台はピカピカに磨かれた車で、もう1台は汚れていて車体に叩かれた跡がある状態です。もしあなたが「この2台の内、どちらかを棒で思い切り叩いてください」といわれたら、あなたはどちらの車を叩くでしょうか。
 恐らく多くの人が、汚れている車を選ぶと思います。これは心理学の「割れ窓理論」(軽微な犯罪がやがて凶悪な犯罪を生み出すという理論)でもいわれていることですが、人にはある特定の秩序の乱れがあると、それに同調してしまうところがあります。
 たとえば、ゴミひとつ落ちていないきれいな道にポイ捨てするのは気が引けますが、ゴミがたくさん落ちている道の脇なら「1個ぐらいなら捨ててもまあいいか」という気になる。すでに秩序が乱れている場所があると、さらに秩序を乱すことへの心理的抵抗が少なくなるのです。
 実は、これと同じことが、人に対しても起るのです。自分を粗末に扱っている人には、こちらも同じように粗末に扱ってもいいような気がしてくる。身なりのきちんとした人には思わず敬語を使いたくなりますが、身なりにあまり無頓着な人には、その気はなかなか起りません。
 つまりほかの人から大切に扱われるようにするには、そして周囲の人と良好な人間関係を築くためには、まずは自分で自分を大切にする必要があるのです。ナディーヌ・ロスチャイルドの言葉を借りれば「自分で自分を好きになれるように、自分に心を配る」のです。
 運のいい人は、必ず自分なりの「幸せのものさし」をもっています。自分なりの「幸せのものさし」をもつとは、どういう状態が自分は心地よいかを知っておくこと。どういう状態に、自分は幸せを感じるかを把握しておくことです。
 たとえばカフェでくつろぎながら読書をする時間が何よりも幸せ、という人もいるでしょう。部屋がスッキリ片付いている状態が心地よいという人もいれば、愛犬とともに過ごす時間が好き、スポーツをやっているときが何より楽しいなど、「幸せのものさし」は人によって千差万別です。
 なかには仕事や勉強をしているときが一番楽しいという人もいるかもしれません。運を自分のものにするには、この自分なりの「幸せのものさし」をもっておくことが大事なのです。このとき気をつけるべきなのは、他人の尺度ではなく自分の尺度で幸せ感を測ること。一般的な価値観や他人の意見に惑わされず、自分の価値観で自分なりの幸せを把握することが重要です。
 常に快の状態をつくり出す努力をしている人というのは、心理学でいう自己一致の状態になるのです。自己一致の状態とは、こうなったらいい、こうあるべきと考えている理想の自分と実際の自分が一致していること、あるがままの自分を自分で受け入れていること、もっと簡単にいえば、自分で自分のことが好きな状態です。
 この自己一致の状態にある人は、人をひきつける力があります。「もっとこうしたい」「もっとああしたい」といった、ある意味攻めの姿勢がまったくないので、一緒にいる人はとても楽なのです。また、常に快の状態でいるので、一緒にいる人も快い気持ちになってくる。
 さらに自己一致の状態にある人は、人の話を素直に聞けるという特徴もあります。話している側の心が多少波立っても、それを吸収してしまう余裕ももっています。こういう人が他人に好かれないわけはありません。

中野信子(なかののぶこ)
1975年、東京生まれ。脳科学者。1998年に東京大学工学部応用化学科を卒業、2008年に東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了、2008年に仏国立研究所で博士研究員として勤務、2013年に東日本国際大学客員教授、横浜市立大学客員准教授に就任、2015年に東日本国際大学教授に就任。京都芸術大学客員教授。
主な著書に「毒親」(ポプラ新書)、「空気を読む脳」(講談社+α新書)、「悪の脳科学」(集英社新書)、「キレる!」(小学館新書)、「メタル脳」(角川書店)などがある。