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インタビュー

パッケージは物言わぬ「双眼の色」

今月はインタビューをお休みし、特別編として「WORLD VIEW」を掲載いたします。

 ついに2度目の(1都3県と限定的だが)緊急事態宣言の発出となった。医療現場の逼迫が大きいのだろうが、COVID-19ではとくに医師よりも看護師の献身的な奮闘努力によって支えられていよう。にもかかわらず、周囲から差別的な態度や言葉を浴びせられることもあると聞くのは何とも切ない。
 心より感謝とエールを贈りたい。とはいえ、「近代看護の祖」とも称される、かのナイチンゲールにあっても「近ごろは人のうわさ話が多すぎる。みんながみんな人の批判ばかりし合っている」との当時の嘆きを書簡に残している。
 愚痴や批判、非難などは人の性に由来するものであろうか。コロナ禍にあっても、COVID-19以上に心苦しいことは愚痴や批判、非難ばかりを耳にするようになってきたことだ。マスメディアなどは「それが任務」などと開き直るだけに質が悪い。古の言葉に「君看よや双眼の色、語らざれば憂いなきに似たり」とあるが、作家の五木寛之氏は思いを寄せてこう通解している。
 「あの眼を見てごらんなさい、いつも静かに微笑んで辛いとか苦しいとか、こんな目にあったとか、大げさに色々述べたりしない。だけど、そうであればあるほど、その人が心のなかに蓄えた憂いというもの、あるいは苦しみや悲しみというものは、こちらにも惻々として伝わってくるではありませんか」と。
 五木氏は「あの眼」を理想として、(作家の前に)人として生きてきたのであろう。立場や肩書きではなく、人としての生き様が大事なときに表れる。その五木氏の著書で、発刊当時(1998年)にベストセラーとなった「大河の一滴」(幻冬舎文庫)が、今また人々の関心を集めて読まれているのはなぜか。その一部を紹介したい。
 
* * *
 
 親鸞から数世紀を経た蓮如の時代。それは親鸞の説いた真宗の思想は、まったく泥にまみれ、ねじ曲げられ、ほとんど地に墜ちた時代でした。歪んだ宗教が流布されて、指導者を崇める生き仏信仰や、金品を多く出せば出すほど極楽浄土が約束されると説く布施頼みの信仰がはびこり、地獄を描いて無用な恐怖をあおり立てて人びとを信仰に導く教団もありました。
 宗教界全体が堕落し、人びとは誤った信仰に導かれて、無常の時代のなかを必死に足掻いていました。それを見るにみかねて立ち上がったのが蓮如です。火が燃え立つような怒りを彼は覚えたに違いない。間違った信仰を広めるような輩は八つ裂きにしても飽き足らないというような、宗教家らしからぬ激しい言葉まで吐いています。
 今のようなマスメディアがなかった当時、蓮如は「御文章=御文」を書いて、正しい信仰のかたちを人びとに伝えました。話が聞きたいから来てくれといわれると、人が多かろうが少なかろうが、どんな山のなかでも夜通し歩いて彼は話をしに赴いたといいます。
 惰眠をむさぼる既成教団や新興のカルト教団に真正面から対峙しながら、親鸞の思想の正しい伝道者として、蓮如は無常観のなかを彷徨い、打ちひしがれている民衆に向かって積極的に働きかけつづけました。そして、悲しみに抉られた傷口を癒やすために肉声で語り、その手を差しのべます。
人間の傷を癒やす言葉には二つあります。一つは「励まし」であり、もう一つは「慰め」です。人間はまだ立ち上がれる余力と気力があるときに励まされると、再び強く立ち上がることができる。ところが、もう立ち上がれない、自分はもうダメだと覚悟してしまった人間には、励ましの言葉など上滑りしていくだけです。
 「がんばれ」という言葉は戦中・戦後の言葉です。私たちはこの五十年間、ずっと「がんばれ、がんばれ」といわれつづけてきた。しかし、がんばれといわれればいわれるほど辛くなる状況もある。そのときに大事なことは何か。それは「励まし」ではなく「慰め」であり、もっといえば、慈悲の「悲」という言葉です。
 「悲」はサンスクリットで「カルナー」といい、溜め息、呻き声のことです。他人の痛みが自分の痛みのように感じられるにもかかわらず、その人の痛みを自分の力ではどうしても癒やすことができない。
 その人になり代わることができない。そのことが辛くて、思わず体の底から「ああー」という呻き声を発する。その呻き声がカルナーです。それを中国人は「悲」と訳しました。何もいわずに無言で涙をボロボロと流して、呻き声を上げる。
 何の役に立つのかと思われそうですが、これが大きな役割を果すような場合がある。孤立した悲しみや苦痛を激励で癒やすことはできない。そういうときにどうするか。そばに行って無言でいるだけでもいいのではないか。その人の手に手を重ねて涙をこぼす。
 それだけでもいい。深い溜め息をつくこともそうだ。熱伝導の法則ではないけれど、手の温もりとともに閉ざされた悲哀や痛みが他人に伝わって拡散していくこともある。仮にオウム事件のようなことがあって、息子が刑に服することになったとしましょう。
 慈愛に満ちた父親であれば「がんばれ! 自分の罪を償って再起して社会に帰ってこい。私たちはいつまでも待っているぞ。一緒に手を携えて新しい未来に向かって歩いていこうじゃないか」と励ますかもしれない。では、古風な母親であったらどうか。
 「なぜこんなことになったの? これからどうするの?」などと、問い詰めるようなことは一切いわないだろう。ただ黙ってそばで涙を流して息子の顔を見つめているだけかもしれない。お前がもし地獄に落ちていくんだったら、自分も一緒についていくよ、という気持ちで手を重ねてうな垂れているかもしれない。
 実は、こうしたことが人間の心の奥底には一番届くのです。がんばれといっても効かないギリギリの立場の人間は、それでしか救われない。それを「悲」といいます。蓮如という人は、生来この「悲」という感情がものすごく豊かな人物でした。
 蓮如が書いた「白骨の御文章=御文」を美辞麗句のセンチメンタルな文章だという人もいますが、「白骨の御文章=御文」を耳にすると万感胸に迫って涙が出てくるような、そういう人はたくさんいると思います。井伏鱒二さんの名作「黒い雨」のなかに、この「白骨の御文章=御文」が印象的に描かれていることを、宗教学者の山折哲雄さんは指摘しています。
 蓮如の文章は活字だけで読んではつまらないかもしれません。月並みな言葉ばかりだし、くり返しも多い。手垢のついた表現もある。一見、平凡で陳腐な文章です。しかし、声に出して読んでみると、その音楽的なポリフォニックな構成が圧倒的な色彩をもって心に響いてくる。
 皆が一緒に声を出して読んだり、肉声で聞かせてもらうことによってはじめて生きてくる文章です。しかも、常に輝いている文章ではありません。ふだんは寝ている。それが、もう立ち上がることができないような心の状態で接したときに、突然、異様なほどの力で生き生きと人に迫ってくるのです。
 蓮如はこみ上げてくる人びとの熱い思いや悲しみ、涙などをけして無視しない人でした。それがどれほど大きな力をもつかということが、よく分かっていた人でした。蓮如自身が抱えていた悲しみの量というのは桁外れのものだったろうと思います。
 自分も悲しみつつ生きてきた人です。悲しんでいる人を見過ごすことができずに、その人のそばで思わず呻き声を発し、念仏というかたちで感動を発散せずにはいられない人であったろうと思います。人びとの魂の救済という意味で、今こそそのような「悲」の思想が必要とされる時代なのかもしれないと思うのです。
 戦後、私たちはこの湿潤な風土のなかに合理的で乾いた文化をつくり上げようと努力してきました。そして実際に合理的で乾いた文化をつくり上げ、そのために人間の心もカラカラに乾いてひび割れかかったような時代になってしまった。
 本来、日本人の根っこには人情や日本的な情緒といったウエットな世界があります。近代の知性はそうした情やルサンチマンを徹底的に毛嫌いしてきましたが、根っこにあるものはけして否定しきることはできませんでした。

五木寛之(いつき ひろゆき)
1932年、福岡県生まれ。早稲田大学露文科を中退。少年期に朝鮮から引揚げ、作詞家を経て「さらばモスクワ愚連隊」でデビュー。「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、「青春の門 筑豊篇」ほかで吉川英治文学賞を受賞。「風に吹かれて」「大河の一滴」「他力」「人間の覚悟」「親鸞」「孤独のすすめ』など著書多数。