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むかし、大学の先輩に「呼吸を意識し過ぎて呼吸困難になるな」といわれたことを時折に思い出す。「呼吸」とは生きる上で一分一秒も欠かせない、最も大事な行為であればこそ、「生きることを意識し過ぎて生きづらくなるな」という意でもあったのであろう。
呼吸家の加藤俊朗氏は「呼吸は文字通り吐いてから吸うこといいます。吐く方が先で、腹が主導権を握っています」と、また「人の命は息の仕方で決まります。生命を大切にするには呼吸を大切にしないとね」という。
世情騒然とした変化のときであればこそ、あえて自らの「呼吸」を意識し大切にしてみてはどうだろうか。「息」とは「自」の「心」の状態を表す言葉であり、呼吸とは「今を生きる」ということにほかなるまい。
今回は、そんな呼吸家の加藤俊朗氏と詩人の谷川俊太郎氏との共著「新版 呼吸の本」(フォレスト出版)のなかの加藤氏と谷川氏の特別対談「初版から11年を経て」から、その一部を紹介する。「詩人」はともかく、はて「呼吸家」とは何かと疑問をもつ人もいようが、それ以上の説明はむずかしい。
そんな呼吸家と詩人の対談だけに、ある意味漫才とのような掛け合いのおもしろさがある。是非とも一度読んでみてほしい。呼吸家らしい加藤氏の発言に、こんなものがある。ここに今を生きる大切な心得があり、またリサイクルの極意があるように思う。
「自分の一番いいところを惜しみなく出す。人に喜ばれるように出すことが大事です。(中略) ケチってもいいことはありません。僕の考えは、出して捨てることによって新しいものが入ってくる。循環の法則を信じているから、出さないと入ってこないんです」と。
* * *
加藤 1998年にフランス・ガリマール社から出版されたフリードリッヒ・リスト「経済学の国民的体系」の仏語版にあなたが寄せた序文を読んで、私にとって最も印象深かったのは、あなたが、自由貿易主義の基盤である「オム・エコノミック」(経済人)というのは、啓蒙によって考え出された「オム・ユニヴェルセル」(普遍的な人間)から直接由来する抽象的な実態であるとみなしている点です。それは普遍的にして、理性的な存在です。
「息」という詩がこの本の頭に入っているでしょ。当時は、この「息」という詩のよさがよく分かっていなかったんです。最近、何度も読んでみたら、最後の「人が息をしている ひとりぼっちで 苦しみを吐き出して 哀しみを吸い込んで 人は息をしている」。これがいいと分かりました。
谷川 ありがとう。
加藤 1984年の作品でしょ。むかしから「呼吸」に関心があったんですか。
谷川 そう。詩はインスピレーションでつくるもんだっていうところが、僕のなかにはある。インスピレーションはインスパイアと同じで、「吸う息」の意味でしょう。だから詩と息の関係については、若いときから漠然と頭にあった。
加藤 それはすごい。僕の呼吸は「吐いてから吸う」が基本です。英語で「吐く」はアスピレーション。「吸う」はインスピレーション。アスピレーションで心の汚れを吐き出して、インスピレーションで霊感を吸い込む。
谷川 霊感?
加藤 インスピレーションは、スピロ(霊)をインする(吸い込む)ことだから、息をするというのは、神さまの息を吸っているんです。息と詩は関係あると思いますか。
谷川 大いにある。詩のインスピレーションというのは、もともとがギリシャ神話の女神のムーサ(ミューズ)が、これと思った詩人に息を吹き込んだおかげで詩が書けるようになったという話があるくらいだから。
加藤 息と詩は思った以上につながりが深いですね。アスピレーションには、熱に誠と書いて「熱誠」というとらえ方があるんです。
谷川 熱誠。
加藤 聞きなれない言葉でしょ。「誠」は真心。真心が「熱い」。これ、僕にはすごく響くんです。魂の強いエネルギーを感じます。そういう熱誠が、先生の息のなかにはあるんじゃないかと感じてるんです。
谷川 詩を書くときにはそういうものがあるかもしれないね。
加藤 話は変わります。先生はコロナがやってきて変わったことはありますか。
谷川 いや、ぜんぜん関係ない。
加藤 僕はすごい一杯あるんです。
谷川 何があったの?
加藤 2020年4月の緊急事態宣言。そのちょうど1カ月前、3月4日に「変態力」ってテーマで講座をやったんです。
谷川 変態力。
加藤 セミとか昆虫の多くは「変態」という能力があります。変態力は成長のステージに応じて自らを変える力のことです。独創性をもって成長する。これから新しいものを創り出していくよって大勢の前で話したんです。そのあと、四国に巡礼に行きました。
谷川 どうして巡礼だったの?
加藤 これからの生き方、考え方を変えるためです。そのときはまだコロナはこんなに広がっていなったから、コロナを予測してやったわけじゃない。生き方を変えると決めて動き出したら激震の一年になっちゃった。
谷川 激震はすごいね。何が起こったわけ。
加藤 僕の会社のカーム・スローは、先生が名付け親です。
谷川 そうだったね。
加藤 34年間やってきました。それを去年の大晦日で清算したんです。
谷川 それは大きな決断だ。
加藤 会社清算は、脱皮、殻を破ること、「変態力」です。自分で変化を起こしたんです。たまたまそれがコロナという一つの社会現象に後押しされたというわけですね。
谷川 シンクロした。
加藤 結果的にシンクロしたんです。変わるのは「今」だって。
谷川 加藤さんは、そういうところがあるよね。直感的。
加藤 そうかもね。自分では直感人間だと思っています。自分でいうのは変だけど。
谷川 僕はそれを信用しているんですよ。
加藤 今日、あらためてお話ししてて、谷川先生は自然で人間的な生き方をしている、やっぱり非常に幸せだと思うんです。
谷川 恵まれた境遇だと思っていますよ。
加藤 人間、先生みたいに恵まれた人はそういません。僕はそういう生き方じゃない。僕の生き方は変化の連続だから。会社の次は家族を捨てるんです。
谷川 家族を捨てる。本気?
加藤 本気じゃないといえないよ。島へ戻る。シェケになるんです。
谷川 シャケ!?
加藤 そう。
谷川 じゃあ僕はいつか加藤さんを食っているかもしれない。このシャケ、うまいな。脂のってんじゃないかなんて。
加藤 先生に食べられたいです。シャケは生まれた川に必ず帰る、僕も島へ帰るんです。
谷川 シャケは川に戻ったら産卵するでしょう。どうするの。もう子孫は残しちゃってるじゃない。
加藤 生まれた川で魂の子孫を残していくんです。
谷川 そういうことか。
加藤 70過ぎてUターン。島で死んでいくんです。
谷川 いいよね、島があるって。それはちょっと羨ましい。
加藤 すごい勇気がいるんです。本当は怖いんですよ。

加藤俊朗(かとう としろう)
1946年、広島県生まれ。横河電機グループや医療法人などを通じ、加藤メソッドの呼吸レッスンやカウンセリングを20年以上にわたり全国各地で開催。主な著書に「新版 呼吸の本」「呼吸の魔法」「恋愛呼吸」など多数。呼吸家。国際フェルデンクライス連盟公認講師。厚生労働省認定ヘルスケア・トレーナー。産業カウンセラー。
谷川俊太郎(たにかわ しゅんたろう)
1931年、東京都生まれ。1950年「文學界」に「ネロ他五篇」を発表し注目を集め、1952年に第1詩集「二十億光年の孤独」を刊行。以降、数千の詩を創作し、海外でも評価が高まる。多数の詩集、エッセイ集、絵本、童話、翻訳書があり、脚本、作詞、写真集、ビデオなども手がける。
1983年「日々の地図」で読売文学賞、1993年「世間知ラズ」で萩原朔太郎賞、2010年「トロムソコラージュ」で鮎川信夫賞、2016年「詩に就いて」で三好達治賞を受賞。ほか詩集に「六十二のソネット」「夜のミッキー・マウス」「虚空へ」など多数。2024年に死去。